峰尾 都治(みねお としはる、1888年 - 1963年[1])は、大正から昭和期の英文学者、英語教育者。旧制東京高等学校(現・東京大学教育学部附属中等教育学校)校長[2]、東京外国語学校(現・東京外国語大学)教授[3]、第一高等学校(現・東京大学教養学部)教授[4]、立教大学文学部教授[5][6]。
人物・経歴
1888年生まれ。海外留学し、文学修士(MA)を取得[5][6]。
帰国後、東京外国語学校(現・東京外国語大学)の教授を務めたほか[3]、第一高等学校(現・東京大学教養学部)教授を務めた[4]。
大正期から昭和初期にかけて、立教大学文学部教授も兼務し、英文学や英語、英訳を教えた[7][5][6]。当時の立教大学新聞には『現代英文学私見』と題した評論を投稿している[8]。
1948年(昭和23年)、東京大学が実質的な附属学校として旧制東京高等学校(現・東京大学教育学部附属中等教育学校)を開校し、峰尾は同校校長に就任する[2]。
主な著作
- 『全訳ユニオン第四読本講義上巻』日進堂 1921年
- 『英語の発音とアクセントの研究』峰尾都治 内館忠蔵 東京・高岡本店 1924年
- 『英文世界名著全集10/シエークスピヤ物語(Tales from Shakespeare)』Lamb Charles,1775-1834 Lamb Mary,1764-1847 峰尾都治,訳 英文世界名著全集刊行所 1927年
- 『AN ENGLISH GRAMMAR ON THE GRAPHIC METHOD』訂正再版 中等教科書出版協会 1937年
- 『ダイアモンドを作る男 H・G・ウエルズ短篇集』H・G・ウエルズ 峰尾都治訳 甲鳥書林 1941年
脚注
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前身諸学校長 |
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南校校長 | |
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第一大学区第一番中学長 | |
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開成学校長 | |
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東京開成学校長 | |
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明法頭 |
- 権頭/頭 楠田英世 1871-1873/1873-1875
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司法省書記局学務課長 |
- 第二局法学課長 杉山孝敏 1875-1877
- 学校課長 青山貞 1877-1879
- 学校課長/生徒課長 植村長 1879-1880/1880
- 生徒課長/第七局長 黒川誠一郎 1880-1881/1881-1884
- 書記局学務課長 加太邦憲 1884-1886
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東京法学校長 | |
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| | | | | 東京大学附属医学専門部長 |
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東京帝国大学臨時附属医学専門部主事 | |
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東京帝国大学附属医学専門部長 |
- 部長/事務取扱 颯田琴次 1944-1947/1947
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東京大学附属医学専門部長 | |
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