尹潭

尹 潭(ユン・ダム、朝鮮語: 윤담1900年 - 1973年8月20日[1]または8月30日[2])は、大韓民国実業家政治家。第2・4・5代韓国国会議員[2]本貫坡平尹氏朝鮮語版[3]

経歴

本籍は忠清南道論山郡(現・論山市[4]、同地生まれ[5]。公州蚕業学校(公州蚕業講習所)卒業。1950年の第2代総選挙に出馬した時点で51歳であり、酒造業を営んでいると当時の新聞に記載がある[4]

民主党論山乙区委員長を経て[2]、1958年の第4代総選挙と1960年の第5代総選挙にも当選した[5]。1958年の釜山政治波動により、許潤秀田泳奭劉聖権朝鮮語版の3人の政治家とともに地下室に軟禁され体調が悪化し危篤状態となり病院に搬送された[6]。1960年に民主党旧派同志会に加入し、その後は新民党にも加入した[5]

1973年に老衰のため、論山郡連山面にて73歳で死去した[1]

脚注

  1. ^ a b 前國會議員尹潭(전국회의원윤담)씨별세”. NAVER Newslibrary. 동아일보 (1973年8月21日). 2023年3月24日閲覧。
  2. ^ a b c 대한민국헌정회”. rokps.or.kr. 2023年3月24日閲覧。
  3. ^ (9)파평 윤씨(坡平尹氏)-713,947명” (朝鮮語). 금융소비자뉴스 (2014年7月6日). 2023年3月24日閲覧。
  4. ^ a b 尹潭(윤담)51國民會(국민회),新(신) 尹潭(윤담)51國民會(국민회),新(신)”. NAVER Newslibrary. 경향신문 (1950年6月20日). 2023年3月24日閲覧。
  5. ^ a b c 윤담(尹潭)” (朝鮮語). 韓国民族文化大百科事典. 2023年8月17日閲覧。
  6. ^ 四議員(사의원)은危篤狀態(위독상태)”. NAVER Newslibrary. 경향신문 (1958年12月25日). 2023年3月24日閲覧。