対向ピストン機関(たいこうピストンきかん、英語: opposed-piston engine)は、内燃機関の一形式である。1気筒に対して2個のピストンが対向して備えられ、燃焼室を共有する。
クランクシャフトを共用し外側に向かってそれぞれの燃焼室がある水平対向エンジンや180°V型エンジンとは異なる。日本ではシリンダーを縦置きとした「クルップ-ユンカース式エンジン」(後述)が自動車用・鉄道車両用として1930年代後半から1955年まで輸入・製造されたため、これら水平配置のエンジンと区別するために垂直対向エンジンと称されることがある。
また複動式機関とも異なる。
一部では小型の対向ピストン機関が使用される。
採用内燃機関
- ユンカース ユモ 205 - 及び派生型のユモ206/207/208/218航空用エンジンは、対向ピストンエンジンで最も著名な形式の一つ。ユモの対向ピストンエンジンシリーズ[注釈 1]はごく初期のサイドロッド方式(クルップ式)のもの以外は、排気量と過給機の方式が異なるのみで、基本的な構造は共通している。
- ユンカース ユモ 223 - 及び発展型のユモ224航空機用エンジン。4つの対向シリンダーを正方形に配置する非常に複雑なエンジンで、実用化には至らなかった[4]。
- クルップ・HK型エンジン - クルップがユンカースより航空用上下対向エンジンの資料提供を受け、トラックやモーターボート向けディーゼルエンジンとして再設計したもの。700 ccの2ピストン単気筒エンジンを複数並べる事で排気量を増大させるモジュール設計を採用している。ユンカースの元設計が上下のピストンが2本の独立したクランクシャフトを持ち、ギア駆動で出力軸に動力伝達するのに対して、クルップ・HKシリーズは上側ピストンが2本の長いコネクティングロッド(サイドロッド)を持ち、その下端を下側ピストンの直下に配置された1本のクランクシャフトにつないで駆動する設計になっている。これは車体のできるだけ低い位置に変速機を配置する必要があるホチキス・ドライブ(英語版)方式の後輪駆動を考慮した設計変更である。また、独立した掃気用過給機は持たず、上側ピストンの上下動により掃気を行うデイ式2ストローク機関のクランクケース掃気の概念も持ち合わせている。日本では「クルップ-ユンカースエンジン」と呼ばれ、日本デイゼル工業・ND型→鐘ヶ淵デイゼル工業・KD型ディーゼルエンジンの基礎となっている。KD型は、鐘ヶ淵デイゼル工業→民生産業→民生デイゼル工業となった後の1955年(昭和30年)までに製造を終了しているが、ドイツ民主共和国(旧東ドイツ)では汎用エンジンとして1980年代まで製造されていた。フランスではプジョーの子会社であるディーゼルエンジン製造メーカーの Compagnie Lilleoise de Moteurs(CLM、現在のインデネール(英語版))がクルップ-ユンカースディーゼルをライセンス製造していた[5]。
近年の動向
2000年代以降、軽飛行機向けの航空機用エンジンとしてユモエンジンと類似した設計の2ストロークディーゼルの対向ピストン機関が開発される事が多くなっている。これは従来から主流であるコンチネンタル・モータースやライカミング・エンジンズ製の水平対向ガソリンエンジンと比較して、高価な有鉛ガソリンを使用しなくて良いので燃料費が安く済み、エンジントラブルの際の発火の危険性が低く、同社製水平対向エンジンと似たレイアウトを採る事で置換え需要を容易に賄える事などが挙げられる。
- エコモーターズ(英語版)・OPOCエンジン - 2008年に米国で設立されたベンチャー企業が開発するエンジンで、元フォルクスワーゲン技術者のピーター・ホーフバウアーが開発し、ナビスター・インターナショナルやビル・ゲイツ、ビノッド・コースラらの投資家グループが出資している。OPOCとは「対向ピストン対向シリンダー(Opposed Piston Opposed Cylinder)」の頭字語であり、ゴブロン-ブリリエやクルップ・HK型のようなサイドロッド式の対向ピストンシリンダーを左右に2つ並べて水平対向エンジンとしたような構造をしている。
- ピナクル・エンジン - 2007年に米国で設立されたベンチャー企業が開発するエンジンで、ユモエンジンを4ストローク火花点火内燃機関として再設計したものである。バルブトレインにはスリーブバルブが採用されている[13]。
- Dair・100エンジン - 英国のディーゼルエア・リミテッド社が開発する100馬力、2気筒の航空機用ディーゼルエンジン(英語版)。ユモエンジンの設計を踏襲しているが、出力軸はエンジンのほぼ中央に配置されている。これは競合する4ストローク水平対向4気筒をそのまま置き換える事を想定しているためである[14]。
- スーペリア・ジェミニエンジン - 英国のパワープラント・デベロップメント社が開発していた100馬力、3気筒の航空機用ディーゼルエンジン。3気筒である事を除いてはDair・100エンジンと類似した構成であったが、2014年に同社は倒産し、米国スーペリア・エアパーツ(英語版)社に買収された。スーペリア社ではスーパーチャージャー付き100馬力エンジンと、ターボチャージャー付き125馬力エンジンをラインナップしている。[15]。
- ウェスレイク・エアロエンジン(英語版) - フォーミュラ1のレース用エンジン開発などを行っていた英国のエンジンメーカー、ウェスレイク(英語版)が2014年に開発した85馬力、2気筒の航空機用ディーゼルエンジン[16][17]。
- BWM・マリンエンジン - 英国BWM Ribs社が2014年に開発したモーターボート用ディーゼルエンジン。スーパーチャージャー付き80馬力エンジンと、ターボチャージャー付き100馬力エンジンをラインナップしている[18]。
- ゴーレ・エンジン - ドイツ人技術者、ヘルマン・ゴーレ(英語版)が開発している対向ピストンエンジン。クロスヘッド方式を採用しており、エンジンオイルはクランクシャフトのみを潤滑し、ピストンリングの材質に自己潤滑性のあるグラファイトを用いる事で、シリンダー潤滑はオイルフリーとしている。ピストン系統をクランク系統から完全に分離している事から、上下ピストンの下降を掃気に用いる事ができ、外部過給機を必要としないほか、エンジンオイルの劣化が起こりにくく排気ガスも綺麗であるという特徴がある[19]。
脚注
注釈
- ^ 「Jumo」とは Junkers 製 motor を表しており、すべての Jumo が対向ピストンである訳ではなく、通常構造の製品にもこの商標が使われている。
出典
- ^ Hugo Junkers A short biography and his technical achievement
- ^ Junkers Engine construction (Exhibition guide)
- ^ William Pearce. “Michel Opposed-Piston Diesel Engines”. Old Machine Press. en:WordPress.com. 2022年4月21日閲覧。
- ^ William Pearce. “Junkers Jumo 223 Aircraft Engine”. Old Machine Press. en:WordPress.com. 2022年4月21日閲覧。
- ^ Junkers Maschinen und Metallbau
- ^ DKW Supercharged Two-Strokes - Force-Fed Deeks
- ^ ürgen Stoffregen: Motorradtechnik. 7. Auflage. Vieweg + Teubner Verlag, 2010, ISBN 978-3-8348-0698-7, S. 60.
- ^ “Rootes-Lister TS3: TS3 Horizontally Opposed Piston Engine Page 1”. www.oldengine.org. 29 September 2016閲覧。
- ^ “Doxford Engines 1878–1980”. Doxford Engine Friends Association. 2016年11月24日閲覧。
- ^ “Junkers Ship Engines”. Horst Zoeller. 2009年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年11月24日閲覧。
- ^ The Vincent Oddities
- ^ FA 01 Super Saphir
- ^ Pinnacle Engines
- ^ Diesel Air Ltd
- ^ Gemini Diesel
- ^ ニュース - スポーツジャイロコプタ
- ^ Weslake
- ^ BWM Ribs
- ^ Der Gegenkolbenmotor verdiente eine Renaissance
関連項目
外部リンク