多久茂孝
多久 茂孝(たく しげのり)は、江戸時代中期の武士。肥前国佐賀藩士。多久鍋島家(後多久氏)8代当主。 略歴多久茂堯の次男として誕生。母は側室の山中氏。正室は鍋島直右の娘・於富。 宝暦4年(1754年)に兄・兼連が早世したため父の嫡子となり、明和6年(1769年)17歳で家督を相続する。明和8年(1771年)に領地を接する唐津藩領内で虹の松原一揆が発生した際は、人を遣わして動静を探らせ、藩に報告した。 天明元年(1781年)6月、病を理由に隠居して弟・茂鄰に家督を譲る。文化12年(1815年)2月18日死去。享年64。菩提寺の円通寺に葬られた。 参考文献 |