土屋正備
土屋 正備(つちや まさよし)は、江戸時代中期の旗本。土屋家の第8代当主。 生涯天明5年(1785年)10月6日、父正延の死後、28歳で伊予守を継ぎ、天明8年12月24日(1789年)に中奥番士となる。寛政3年(1791年)9月19日、江戸幕府11代将軍・徳川家斉の武術台覧において騎射を勤め、放鷹で鳥を射って時服三領を賑う。 寛政11年(1799年)1月11日に使番となり、12月18日に布衣の着用を許される。享和元年(1801年)11月28日に目付、文化3年(1806年)3月4日に佐渡奉行となる。文化6年(1809年)8月12日に禁裏付となり、この間に従五位下・筑後守に叙される。文政元年(1818年)4月24日に日光奉行、文政7年(1824年)8月28日に鑓奉行に就任。文政10年(1827年)11月26日、70歳にて没する。武術家肌の人物であった。 知行所
年表
参考文献
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