国実百合
国実 百合(くにざね ゆり、1970年12月19日[1] - ) は、日本の歌手[1]。現役時代の所属事務所は芸映プロダクション[2]、レコード会社は日本コロムビア[2]。本名國實百合(結婚前:読みは同じ)。引退後結婚、土屋姓となりセラピスト・マヤ暦カウンセラーとして活躍中[3]。2023年に歌手活動を再開[4]。 略歴高知県高知市一宮出身[1]。高知県立高知小津高等学校から堀越高等学校に編入後、同校を卒業[1]。高校2年の時に芸映プロが主催した「ザ・オーディション・ボーイズ・アンド・ガールズ」(応募総数1万8923人)に応募[5]、1987年10月4日に調布グリーンホールで行われた決戦大会で優勝し、翌1988年3月16日に『青い制服』でアイドル歌手デビュー[1]。デビュー曲はオリコンチャート19位を記録した[6]。 1991年春に芸名を國實唯理(くにざね ゆり)に改名[7]。同年4月、TOKYO FMホールにてファーストライブを実施する。結果的には最初で最後のフル・ライブとなった。 同年11月、東京都内で行われたイベント会場で突然芸能活動の一時休止を発表。同月末に行われた大阪・枚方市のくずはモールでのイベントを最後に完全休止、のち完全引退。元々子供の頃から病弱で、芸能界デビュー後も仕事の合間に入院することもあり、腎盂炎発症・悪化及び治療専念のためだったといわれている[4]。 2011年9月6日放送の「超豪華!!スタア同窓会IV〜マルヒ(秘)のおきて〜 」(日本テレビ系)に、観客の1人としてゲスト出演。また、2014年7月8日の『カスペ! 今でもスゴい女性芸能人第2の人生すべて見せますSP』(フジテレビ系)にもVTR出演。2014年の時点ではセラピストをしているとのこと[8]。 1男1女がいる。2015年現在、セラピストから新たに「国実百合」として音楽活動をしていくとのこと。2023年4月に自身の曲の作曲を多く手掛けた林哲司の作曲家50周年コンサートで林の元へあいさつに伺い、そこにデビュー曲の作詞を担当した売野雅勇もいたこともあって、自分の曲をもう1度YouTubeで歌わせて欲しいと願い出たところ、「自分の歌なんですから、歌っていいんですよ」と言われたことで、自分のYouTubeを始めて、自分の曲を改めて自ら歌うという動画を上げている[4]。2024年1月15日にイベント『アイドルアーカイブス』(東京・新大久保 R’sアートコート、司会の宮前真樹(元CoCo)、立花理佐、仁藤優子と共演)に出演し、1991年のファーストコンサート以来33年ぶりに客の前で歌を披露した[4]。 エピソード
音楽シングルは1988年から91年迄の間に12枚が発売された。またアルバムはベスト盤2枚を含む6枚と、他アイドルとのコンピレーションカバー盤が2枚発売されている。 シングル
アルバム
映像ソフト
写真集
出演
CM脚注
参考文献
外部リンク |