喜連川氏信
喜連川 氏信(きつれがわ うじのぶ)は、江戸時代中期の下野国喜連川藩の世嗣。官位は右衛門督。 略歴2代藩主・喜連川尊信の次男として誕生。生母は先代喜連川尊信の正室(家臣三浦掃部清右衛門の娘)。3代藩主・喜連川昭氏とは異母兄弟。 幕命により、父・尊信は狂乱を理由に隠居中で、氏信の生誕時は兄・昭氏(9歳)が既に藩主であった。寛文8年(1668年)、病気の兄・昭氏の名代として初参府し、年頭の御礼を言上して徳川家綱に初御目見した。寛文9年(1669年)に昭氏の養子となる。しかし家督を継ぐことなく、翌寛文10年(1670年)に21歳で死去した。 |