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Pooh456と申します。「ノート:塚原卜伝#外部リンクについて 」の議論終結、Wikipedia上の同記事・他記事における、不適切な外部リンクの除去についてお知らせします。「ノート:塚原卜伝#外部リンクについて 」に記載されていた範囲で、同記事・他記事の不適切な外部リンクを除去しました。それでは失礼します。--Pooh456 2012年2月20日 (月) 00:31 (UTC)[返信]
- お知らせいただきありがとうございました。今回の件では、いろいろお手数をお掛けし、申し訳ございません。--立花左近 2012年2月20日 (月) 01:21 (UTC)[返信]
TEKEBARUさんがWikipedia:投稿ブロック依頼/立花左近を提出されていることをお知らせいたします。--Aquamarin456 2012年2月20日 (月) 00:57 (UTC)[返信]
- お知らせいただきありがとうございました。--立花左近 2012年2月20日 (月) 01:21 (UTC)[返信]
(覚え書き)上記依頼は、「不適切な依頼」ということで即時終了、ご依頼者はWikipedia:チェックユーザー依頼/TEKEBARUにより、「副アカウントの不適切な使用」として無期限ブロックとなりました。--立花左近 2012年2月27日 (月) 05:32 (UTC)[返信]
maryaaと申します。先ほど、利用者:Sssss1059(会話 / 投稿記録 / 記録)氏の会話ページへアカウント作成のお願いメッセージを貼付されておりましたが、ログイン利用者への貼付は適切でない印象を受けましたのでウェルカムテンプレートに置き換えてあります。用件のみですが失礼いたします。--maryaa(会話) 2012年3月16日 (金) 01:05 (UTC)[返信]
- お手数おかけしました。こちらの間違いでした。置き換えありがとうございました。--立花左近(会話) 2012年3月16日 (金) 01:09 (UTC)[返信]
立花様、こんばんわ。表記の件についてはお世話になっております。昨日は、用事がはいったこともあって、書き込みできなかったのですが、コメント依頼についてよく考えてみると二人の意見が整理されて伝わらないと議論がうまく進まないと思いましたので、ご意見について下記のようにまとめてみました。
これで意図が正確に表現されているか、短くできるのか、それとも見落としがあるから加筆しないといけないのかなどなどご指摘いただければと思います。訂正いただいたのち、私の意見とともにコメント依頼に出そうと思います。
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歴史上の人物の場合、織田信長を例にとると、信長は大河ドラマだけでも複数の登場作品があり、民放のドラマや映画、小説などを入れたら膨大な数になる。ノート:織田信長#関連作品で、先行議論としてPortal‐ノート:歴史#フィクション作品の情報を原則として人物記事に載せない旨の合意について提案があり、こういった問題は、歴史上の人物の記事でしばしば起こっていて、一つのドラマの登場人物としての情報だけを詳細に掲載するのは歴史上の人物記事を扱ううえで整合性や基準が保たれない。そのため、前例ができると、そのたびに議論が惹起され後々に著しい混乱をきたすなどの影響が残り非常に問題である。したがって、歴史上の人物記事にはドラマや映画、小説などのフィクション性のある記述は載せるべきでない。
キョンフォンを例にとると、甄萱はあくまで歴史上の人物としての記事とし、この記事にドラマ「太祖王建」で登場している(キョンフォン)について簡潔に書くにとどめ、Portal‐ノート:歴史#フィクション作品の情報を原則として人物記事に載せない旨の合意について提案をふまえてどこにも統合しない。すなわち、キョンフォンと甄萱は統合しない。
しかし、キョンフォンは独立記事にしておくほどの必要性はないので、太祖王建の登場人物に統合した方がいいと思われる。同様に弓裔もクンイェに統合せず、双方、独立記事として残す場合は、例えば定義を「クンイェ(弓裔)は、韓国ドラマ『太祖王建』に登場する人物である。史実としての弓裔は弓裔の記事を参照のこと」とでも書き直す。
太祖王建の登場人物は、太祖王建に統合してもさしつかえない。独立記事キョンフォンなども含め登場人物の説明が冗長すぎるきらいもあるので、全体的にもう少し簡潔に整理するのが望ましいと思われる。
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---タメルラング(会話) 2012年4月16日 (月) 14:06 (UTC)[返信]
- タメルラングさん、お疲れ様です。だいたいはいいと思いますが、ちょっと補足。そして、最初からそう言えとまたお叱りを受けるかもしれませんが、どうかご容赦を。
- 歴史上の人物の記事にフィクションの記述を全く載せるなということではなく、一つの作品の記述だけを詳細に(あるいは過剰に)載せるのは良くないということです。例外としては、その人物を題材にした特に有名な作品、あるいは従来とは異なる解釈をしたような作品がある場合、それについて簡潔に記述する分には構わないと思います。たとえば、片桐且元における『桐一葉』とか、原田宗輔の脚注における『樅ノ木は残った』への言及のような感じです。それから、登場作品が多い場合に、主人公である作品に限って一覧を載せるのは、今のところコミュニティに許容されていると思われます。登場作品が少ない場合は、主人公でない作品が載せられていても見逃されている場合もありますが。ですので、甄萱に関して今のところ登場するめぼしいフィクション作品が『太祖王建』しかないのであれば、それについて「甄萱」の記事で簡潔に触れるのは構わないと思いますが、(多少整理したとしても)「キョンフォン」の記事を「甄萱」に丸ごと統合するのは反対ということです。--立花左近(会話) 2012年4月16日 (月) 15:25 (UTC)[返信]
立花さん、こんばんわ。お返事拝読いたしましたので、下記のように一部書き直してみました。
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歴史上の人物の場合、織田信長を例にとると、信長は大河ドラマだけでも複数の登場作品があり、民放のドラマや映画、小説などを入れたら膨大な数になる。ノート:織田信長#関連作品で、先行議論としてPortal‐ノート:歴史#フィクション作品の情報を原則として人物記事に載せない旨の合意について提案があり、こういった問題は、歴史上の人物の記事でしばしば起こっていて、一つのドラマの登場人物としての情報だけを詳細に掲載するのは歴史上の人物記事を扱ううえで整合性や基準が保たれない。そのため、前例ができると、そのたびに議論が惹起され後々に著しい混乱をきたすなどの影響が残り非常に問題である。したがって、歴史上の人物記事には、ドラマや映画、小説などのフィクション性のある記述は、その人物を題材にした特に有名な作品、あるいは従来とは異なる解釈をしたような作品など特筆すべき場合に簡潔に紹介する以外は、載せるべきでない。
キョンフォンを例にとると、甄萱はあくまで歴史上の人物としての記事とし、この記事にドラマ「太祖王建」で登場している(キョンフォン)について簡潔に書くにとどめ、Portal‐ノート:歴史#フィクション作品の情報を原則として人物記事に載せない旨の合意について提案をふまえてどこにも統合しない。すなわち、キョンフォンと甄萱は統合しない。
さらに、現状のキョンフォンについては、独立記事にしておくほどの必要性はないので、太祖王建の登場人物に統合した方がいいと思われる。同様に弓裔もクンイェに統合せず、双方、独立記事として残す場合は、例えば定義を「クンイェ(弓裔)は、韓国ドラマ『太祖王建』に登場する人物である。史実としての弓裔は弓裔の記事を参照のこと」とでも書き直す。
太祖王建の登場人物は、太祖王建に統合することも考えられる。独立記事キョンフォンなども含め登場人物の説明が冗長すぎるきらいもあるので、全体的にもう少し簡潔に整理するのが望ましいと思われる。
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再度ご確認の上、ご意見いただければ幸いです。
---タメルラング(会話) 2012年4月17日 (火) 15:15 (UTC)[返信]
- タメルラングさん、主旨としてはそのようなところでよろしいかと思います。--立花左近(会話) 2012年4月17日 (火) 15:18 (UTC)[返信]
コメント
こんにちは、立花左近さん。Resto1578と申します。
利用者:浩さん(会話 / 投稿記録 / 記録)が作成された曖昧さ回避のためのページ「広昌寺」・「常昌院」・「秀林寺」・「蓮長寺」を確認しました。
記事のない曖昧さ回避のためのページについては、「プロジェクト‐ノート:仏教」だけに収まらない議案だと思います。「Wikipedia‐ノート:削除の方針」で同様の議論がされていなければ、そちらに提案された方が良いのではないでしょうか?--Resto1578(会話) 2012年4月25日 (水) 10:16 (UTC)[返信]
- わざわざお越しいただき恐縮です。例示させていただいた広昌寺他について直ちに削除を考えているわけではございませんが、寺院記事の立項について一定の基準が定まっていれば、自ずと寺院の曖昧さ回避ページの立項と、それに載せる寺院についても必要なもののみになるのではないかと思いご質問させていただきました。ご議論のほど、よろしくお願いいたします。--立花左近(会話) 2012年4月25日 (水) 12:03 (UTC)[返信]
はじめまして、Ohtani tanyaと申します。標題の削除依頼での投票有難うございます。もしご迷惑でなければ、今後、例の2記事の取り扱いをご相談させて下さい。
「出典がついている」状態 (ただしDVD出典の場合、視覚的に誰が見ても認識可能な情報以外は、記述されたソース (ex.番組公式サイトのあらすじページ) と併用でないと独自研究は免れえませんが…) とはいえ、正直、書かれた内容をテレビドラマ記事に流入させる必要が乏しい (「書きすぎ」状態であり、「簡潔に」というキャラクター記述のガイドラインに反する) ので扱いに困っております。内容をテレビドラマ記事に (極力) 流入させないような形で単純リダイレクトとする、という形は統合提案にて取ることはできるものでしょうか?立花さんのご意見を伺えたら幸甚です。
なお、フクスドルは架空の人物です。「実在の人物」記事が作成される事は未来永劫ないと思いますので、この場をお借りしてお知らせしておきます。ではでは。--Ohtani tanya(会話) 2012年5月20日 (日) 12:12 (UTC)[返信]
- ようこそお越し下さいました。ノート:キョンフォン#合意形成のためのコメント依頼でお名前は存じておりました。さて、「書きすぎ」というご意見はごもっともだと思います。統合後に記述を整理するという提案は構わないのではないでしょうか。「大祚榮 (テレビドラマ)」の登場人物節にはすでに説明が書かれているものもあり、それらとバランスを取る必要は当然あるでしょう。ただし、統合提案も合意が形成されなければできませんので、参加者の間での議論次第ということにならざるを得ないと思います。ところで、Ohtani tanyaさんがフクスドルを架空の人物だとおっしゃる根拠をお教えいただければ幸いです。タメルラングさんは『概説韓国の歴史』と『世界歴史事典』にフクスドルの名前が載っているとおっしゃっていますが、私は検証していませんのでわかりませんけれども、それは虚偽ということなのでしょうか? --立花左近(会話) 2012年5月20日 (日) 13:17 (UTC)[返信]
- 『概説…』の元になっている教科書についてはわかりませんが、平凡社の『世界歴史事典』は、1950年代に出版されたものです。1980-2000年代に出版された世界史・東アジア史の資料には名前が出てこない事、また渤海について記された歴史書である『旧唐記』『新唐記』に名前が出てこない (中国語版ウィキソースに両者がアップロードされていますが、フクスドルの名前の漢字表記とされている漢字で絞り込み検索をかけてもヒットしませんでした) 事から、昔は何等かの理由で実在の人物とされていた (あるいは『世界歴史事典』を執筆された方が、実在の人物だと思い記述した) が、その後の研究で実在しない/架空の人物であると結論づけられたのではないかと推定されます (もちろん、正確さを期するならば、渤海史を専門とする方々にお尋ねするのが一番なのでしょうが) 。
- 他には、このドラマに出演されているキム・ハクチョル氏に関する記事 (京郷新聞系スポーツ・芸能ニュースサイト) 中に、「가상인물인 흑수돌은 단순무식하지만 충직한 품성이 삼국지의 장비를 연상시킨다. (試訳:仮想の人物であるフクスドルは、単純で無知だが忠実な品性が、『三国志』の張飛を連想させます)」という記述がある事がソースのひとつです (ちなみに、このドラマのオフィシャルガイドブックにも同様の記述があるのですが、枚数制限の関係上コピーを取れず、ページ数が思い出せませんm(_ _)m申し訳ありません) 。
- 取り急ぎ、ご質問に回答致しました。--Ohtani tanya(会話) 2012年5月20日 (日) 15:01 (UTC)[返信]
- ご回答ありがとうございます。少々はっきりしないところもありますが、実在したとしても史実の人物としての特筆性はなさそうですね。--立花左近(会話) 2012年5月20日 (日) 15:13 (UTC)[返信]
- (追記)失礼しました。タメルラングさんも後からフクスドルについては思い違いがあったとおっしゃっていました。--立花左近(会話) 2012年5月21日 (月) 00:27 (UTC)[返信]
こんばんは。ウォッチリストを見ると立花さんが投票内容を変更されていたのでびっくりしています。
ここといい、件の人の「区別の付けられなさ」(1次資料と2次資料、ウィキペディアとどこかの匿名掲示板、更には特筆性のないゴミ(失礼)と特筆性のあるスタブも) には困ったものですね (溜息)。
さて、現状は私生活が多忙な上に、大王世宗と韓国ドラマのリライトに手が取られている状態ですが、時間が空きましたら、大祚榮 テジョヨン (もしかすると太祖王建も?) の登場人物のうち、実在の人物でjaに記事がまだ存在していないものについて立項していこうと思います。実在人物記事があれば、有為な記述はテレビドラマ記事か人物記事に集約できると思います (ただ慢性的な時間不足なので、果たしていつ時間が空くやら…) 。
その上でテレビドラマ記事を全面改稿するか、雑多な記述の大幅な整備作業を行えば、全体的な記事・関連記事の質は向上させられると思います。歴史劇ドラマに見られる歴史的誤謬の問題は、韓国国内でも批判の対象にされていますし、(テジョヨンに限って言えば) 演出を担当したキム・ジョンソン氏がオフィシャルブックでのインタビューで、作品制作上で意図的に誤謬を生じさせた事を証言していますので、それらの資料を用いて言及する事はできるだろうと思っております。
立花さんにはもう少しご迷惑をおかけするかと思いますが、宜しくお願い申し上げます。--Ohtani tanya(会話) 2012年6月6日 (水) 11:49 (UTC)[返信]
- とんでもございません。私としては記事の質が向上すれば何も申し上げることはなく、むやみな削除を望んでいるわけではありません。件の記事も何とか救えないかと思ったのですが、なかなかご理解いただけないようで、すでに長引いている審議をこれ以上伸ばすのもどうかと思った次第です。今後ともよろしくお願いいたします。--立花左近(会話) 2012年6月6日 (水) 12:19 (UTC)[返信]
- 私はあってしかるべき記事 (ここではテレビドラマ記事) の充実のためには、その阻害になりうる記事は削除した方がよい、と考えるタイプなので、今の立花さんのお気持はあまり理解できないかもしれません。ただし、コルサビウ・フクスドルという登場人物に関する記述が、削除によりすべて消え去ってしまうわけではなく、記述自体は何等かの形で残っていきます。その意味においてはこの議論は無駄ではなかったと思います。
- あと違う話題ですが、千秋太后での改名提案の件、ご心配おかけしまして恐縮です。ここ最近、韓国テレビドラマ (およびそれに関係する歴史上人物記事) の改名提案を出すと、ほぼ100%に近い状態でろくでもない突っ込みが入りまくっており、実はかなりイライラしておりました。WP:CIVは遵守すべき方針だと理解してはおりますが、場合によっては、違反覚悟で厳しい事を言わざるを得ないような相手もおり (立花さんのようにある程度の知識をお持ちであったり、知識がなくとも確認のために丁寧に質問等を下さる方ばかりであればよいのですがね…) 、難しいところです。--Ohtani tanya(会話) 2012年6月8日 (金) 12:23 (UTC)[返信]
- そうでしたか。今度の件では少々険悪な雰囲気になり、不審なことも起きていますので、私も注意したいと思います。--立花左近(会話) 2012年6月8日 (金) 12:28 (UTC)[返信]
お世話になっております。例の削除依頼が一応の決着を見ました。立花さんには改めてお礼申し上げます。
標題の記事の件で立花さんが立ち上げられた議論にコメントをさせて頂きました。それとは別に、実は新たな問題が持ち上がっております。その旨の議論を新しい節にて立ち上げましたので、お時間の許す際に標題記事のノートページをご覧くださいませ。--Ohtani tanya(会話) 2012年7月3日 (火) 12:33 (UTC)[返信]
いつもお世話になります。さていつも立花さんのご提案に異論(のつもりではないのですけど)を挟む結果になってしまっているようで恐縮していますが、ご提案について気になる点がございますので一言。
圓頓寺 (名古屋市)など、いくつかの名称について正字体表記を新字体表記への改名提案を提出されていますが、その根拠がウェブ上の情報に著しく偏っているように感じます。Wikipedia:信頼できる情報源を参照いただきたいのですが、ここで百科事典の出典として最も相応しいのは二次史料である『全国寺院大鑑』や『日本寺院総覧』あたりでしょう(と私個人は思います)。山門の刻銘石、寺の作成したHP、機関紙の類は一次資料です。またその他のウェブサイト、地図などは、三次史料とも云うべき物で、その原典が明らかであればよいのですが、そうでない場合が多く、私はこれらが『全国寺院大鑑』や『日本寺院総覧』の記述がどうであろうと優先されるという考えは私は理解できません。
また、HPや機関紙などが存在する寺は限られ、またウェブサイトへ掲載された情報量や質もまちまちで、是を以て改名の根拠とすることに対し寺院の記事名全体のバランスが悪くなる事を私は懸念しております。
そこで、ここまで寺院関係の改名提案を多く提出され、また今後もそのご予定があるなら、まだ統一見解の取れていないプロジェクト:仏教/寺院名についてを推し進めるのも手ではないでしょうか。例えば『日本寺院総覧』の名称を採用するとか、極端な話、全て正字体または新字体表記に統一するとか、何れの形と成るかは解りませんが全体的な合意形成の下、話を進める方が長い目で見て解決の方向も見出しやすいでしょう。個々に議論していたのでは議論に参加するメンバーによって結論も大きく変るのですから。『全国寺院大鑑』や『日本寺院総覧』は私も立花さんも手許になく、すぐに参照できる状況で無いようですが、プロジェクトで多くの人に呼びかける事により、調査可能な方も出てくるのではないでしょうか。--As6022014(会話) 2012年7月28日 (土) 06:28 (UTC)[返信]
- わざわざお越しいただき恐縮です。寺院名は固有名詞ですから、現存する寺院名については As6022014さんのお考えには必ずしも賛同しかねます。しかし、プロジェクトで議論するというのも一つの手だとは思いますから考えさせていただきます。しかし、私はプロジェクトに入っておりませんし、統一見解が出ていない限り改名できないというのも困りますので、個々の案件について気になったものは、これからも提案させていただくかもしれませんのでご容赦下さい。いすれの方法を取るにせよ、ウィキペディアを百科事典としてよりいっそう発展させていくことには変りないと思いますので、お互いにがんばりましょう。--立花左近(会話) 2012年7月28日 (土) 06:51 (UTC)[返信]
- (追記)『全国寺院大鑑』については確認を取りましたので、各改名提案でご報告しておきました。それぞれコメントをいただければ幸いです。--立花左近(会話) 2012年7月28日 (土) 07:24 (UTC)[返信]
再び改名の件
わざわざ、会話ページにお越し頂きありがとうございました。
確かに、立花左近さんのご提案が出される度に、結果的に私が反対寄りの慎重意見を申し上げている形となっている点については否めません。
編集に力を注いでいる歴史地震関係の記事ですが、例えば貞観地震、宝永地震などは正史、古文書などに記された記録であり、現在日本の高等学校の教科書には殆んど記述されていませんが日本史の1ページであることは疑いなく、地球物理学的な記述に留まるものでないことは理解して頂けると思います。関連する歴史的な地名、寺院、城郭など、たとえ私が素人であったとして背景の歴史について無視するわけにはいかず、調査する過程において関連項目であるこれらの記事名に改名提案が出されたならば見過す事はできないのです。たまたま、立花左近さんがこれらに多数の改名提案を提出しておられる、衝突のきっかけはそんなところです。
以下に述べる点について恐らく立花左近さんには同意して頂けないと察しますが、私は「名称」というものは一旦命名したならば、たとえその名称に不満な点があっても気軽に変えるべきでない、万人が納得する名称など存在しない、慎重を期してし過ぎる事は無いと考えています。現実にWikipediaの改名提案はしばしば、激しい論争の的となっているではありませんか。
次に、曖昧さ回避の取り扱いについて、私は簡潔な記事名という観点から回避できるならばなるべく括弧つき記事名は避けるべきと考えています。日本語版記事は曖昧さ回避が不釣合いに多くバランスを欠いているようにも感じています。中には赤リンク多数、単なる記事名の重複に留まらず単にその語句を含むものも多数盛り込むといった自己満足的な曖昧さ回避ページが多く生産され(これは立花左近さんの事ではありません)、曖昧さ回避ページ作成の目的のために標準空間記事が改名されるのは本末転倒と考えています。本来の曖昧さ回避の機能を逸脱していると考えています。過去には曖昧さ回避を中心に編集している方と意見が対立したこともしばしばでした。
もう一点、市町村公式HPを出典とする件について、行政に関する記述ならともかく、市の紹介のような項目では市の職員がどの文献に基づいてHPを作成しているかも不明であるし、HPすべての内容が市の公式見解とは限りません。恐らく、こういった点で意見の相違があって、結果的に立花左近さんのご提案に意見することが多くなったのでしょう。
私は、立花左近さんの文献、各種HPなどを詳しく調査されている姿勢に対しては敬意を持っています。私が他人様のWikipediaの参加形態について指図をする立場にありませんが、しかし、希望を述べるならばせっかくここまで調査されているのですから、日本語版で人材過剰な曖昧さ回避や改名提案よりも記事執筆により携わって頂けたらさらに大きな貢献になると考えています。
以上、勝手なことばかり申し上げましたが、何せ不信を抱かせる結果となったことをお詫びします。失礼いたしました。--As6022014(会話) 2012年9月19日 (水) 08:20 (UTC)[返信]
- こちらこそ、利用者‐会話:As6022014#失礼しますのお返事で、わざわざお越しいただきありがとうございます。お互いの会話ページに交互に書いていると、分かりにくくなってしまうので、こちらに書かせていただきます。
- さて、せっかくお詫びまでしていただいたのに蒸し返すようで恐縮ですが、お話を伺ってますます分からなくなってしまいました。と申しますのは、最初のノート:蛇池にしても、ノート:円頓寺、ノート:総持寺 (茨木市)、ノート:総持寺 (和歌山市)、ノート:曽根城の各提案においても、それぞれの項目は各歴史地震の関連項目として直接挙げられているわけではないようです。そういう意味ではなくて、地震の背景となり得る歴史的な地名や神社仏閣、城郭が広く対象となるのであれば、蛇池以降の、表記変更に関わる他の方の提出案件で、私が関わったものだけでも、ノート:願証寺、ノート:虻ガ島、ノート:大川城、ノート:大さん橋がありますが、これらの改名提案には目もくれず、私の提出案件にだけ繰り返しご意見を述べられたのは、やはり納得がいきません。大さん橋などはAs6022014さんも編集されておられる関東大震災で甚大な被害を受けているのに、いったいどういうことなのでしょうか。過ぎたことはさて置きますが、見過ごすことができないと、そこまでおっしゃるのならば、ノート:木曾谷にはご意見をお述べになられたようですが、今後は他の方の提出案件にも積極的にご参加されるものと期待しております。
- 改名や曖昧さ回避、市町村公式HPについてのご意見は、おっしゃるとおり同意できるものではありませんでした。ウィキペディアはどこの誰だかわからない不特定多数の人々によって編集されている以上、最初に付けられた記事名が適切であるとは限りませんし、万人に納得できる名称はないにしても、コミュニティの合意によって最もふさわしいものを決められるように改名提案というシステムが存在するのであって、マナーを失しなければ、論争(というか議論)自体は大いにすべきものと思います。
- 曖昧さ回避ですが、これは同名の記事がある場合、代表的トピック以外は括弧付けで区別するというシステムになっている以上、そういう記事が存在するのは仕方のないことで、簡潔な記事名にするためにことさら括弧付きを回避する必要はないと思います。曖昧さ回避ページ作成の目的のために標準空間記事が改名されるのは本末転倒というのはおっしゃる通りだと思いますし、私もこれはいかがなものかという曖昧さ回避ページをよく目にしますが、特筆性があると思われるのに立項されていない同名記事が複数ある場合は、曖昧さ回避ページがあっていいとも思っています。
- 市町村の公式HP、あるいはウェブサイト全般については、Wikipedia:信頼できる情報源やWikipedia:外部リンクの選び方などを勘案しながら個々に判断すればいいと考えます。紙媒体の方が信頼性が高いかといえば、もちろんそんなことはなく、個々の資料によって異なるでしょう。以上について、As6022014さんと私の意見が異なるのは改めてわかりましたが、率直に申し上げてAs6022014さんのお考えは、コミュニティの一般的な傾向から見てちょっと厳しいというか、独特な印象を受けました。と申し上げると、また不適切発言になってしまいますし、これらについて二人で討論しても、おそらく平行線のままでしょうから、この場はこれでおしまいといたしましょう。
- 最後に、私もAs6022014さんのご編集された記事は敬意をもって拝見させていただいております。私もAs6022014さんは記事執筆にご専念された方が大きな貢献になるのではないかと思わなくもありませんが、お互いそういうことを言うのはやめた方がいいでしょう。As6022014さんに見過ごせないことがおありになるように、私は私で理由があるものに限って改名提案などを行っており、基本的に日頃の編集対象と関連の薄いものについては手を出しませんし、決してやみくもに改名提案や曖昧さ回避作成自体を目的としているわけでもありません。今後も提案は必要に応じて行うと思いますし、そこに異なるご意見を頂戴するのはもちろん構いませんが、願わくば他の方の出された類似の案件にも平等にご参加いただけるよう、再度お願いいたします。いろいろ申し上げ、大変失礼いたしました。--立花左近(会話) 2012年9月19日 (水) 15:00 (UTC)[返信]
はじめまして。海衛士と申します。織田三位のノートでのコメントを拝見いたしました。総じてご尤もな部分多く不明不足の点あらば恥じ入るところです。多少資料揃えた上での立項でしたが、見切り発車的な観は否めなかったかと反省します。
しかし、立花様には、私の状況につきよくよくご推察頂いており、かつ暖い建設的なお話を頂いて大変恐縮しております。自ら立てたとなればその経緯には責任もあろうと存じますが、いかんせん、多忙をきわめ遅筆とならざるを得ない状況です。時間が許すならば、おいおい適切な表現に変える手立てを考えますが、あれら参照文献もわざわざ資料館まで出向き作ったものでして。同じレベルの取り組みをもって改善するのは多少お時間を頂くことになるかと思います。逆に一人で編集を独占するものでもないことから、早急な対処の必要があったり、或いはより良き改善策があれば、改編もしくはそのお知恵を頂ければ幸いです。
なお、三位の仮名についても大よそは仰せのとおりです。ただ、仮名については「諱を呼称することを避ける為に便宜的に用いた通称」として、百官名、東百官、輩行名などの総称としての意味を持ち、その意味で暫定的な書き方をしました。この点も補強可能ならば、その面での対処はやぶさかではありませんが、戦国時代の官職私称の文化はきわめて乱れているので、すぐにとはいかないのかもしれません。--海衛士(会話) 2012年9月30日 (日) 13:09 (UTC)[返信]
- わざわざこちらまでお越しいただき恐縮です。差し出がましいご意見を申し上げ大変失礼いたしました。平田三位につきましては、谷口克広の『織田信長家臣人名辞典』にも載っていますが、記事に付け加えられるような情報はありません。何とか改善できれば私としても幸いなのですが。何か見つかるようでしたら編集させていただきますので、海衛士さんの方でも何とぞよろしくお願いいたします。--立花左近(会話) 2012年9月30日 (日) 13:54 (UTC)[返信]
改名提案ノート:元禄大地震の立花左近さんの2012年9月25日 (火) 04:28 (UTC)のコメントにある三つの地震をまとめて解説している例もあることから、そのような記述もした上で、安政江戸地震に関しては記事内に節を設けて解説し、双方の分量が多くなった場合には分割してもいいのではないかと感じていますがの部分がよく理解できません。
三つの地震(安政東海地震、安政南海地震、安政江戸地震)をまとめて解説しているのは『世界大百科事典』(平凡社)ですが、Wikipediaでは既に3つの独立した記事(東海地震と南海地震は私が初版投稿)となっており、改名提案の対象となっている「安政の大地震」は1855年11月11日(安政2年10月2日)の江戸地震の記述で、これ以上分割する必要はないのですが。それとも、「安政の大地震」などの記事を地球物理学的な地震という現象の記事と、社会面から見た震災の記事に分割という意味でしょうか。
コメント依頼でも意見表明を呼びかけましたが、今のところより多くの意見を求めるのは望みが薄いように思います。CiNiiやJ-stageの検索数(地震学、歴史、建築など多方面)を纏めて見ました。宜しければ立花左近さんも「現代の二次資料で使用されている名称」「認知度が高い - 信頼できる情報源において最も一般的に使われており、その記事の内容を表すのに最も著名であると考えられるもの」の観点から最も適切と考える記事名を判断いただけたら幸いです。対象となる地震は1586年、1605年、1703年、1855年の改名提案の対象となっている地震記事で、またその他の地震記事についても表明して頂いてかまいません。よろしくお願いします。--As6022014(会話) 2012年10月11日 (木) 08:29 (UTC)[返信]
- ノート:元禄大地震にお返事させていただきました。--立花左近(会話) 2012年10月11日 (木) 11:28 (UTC)[返信]
- 立花左近さんは未だ納得されていないようですが、もし出典が地震学に偏っているとお考えならば、歴史学を始めさまざまな分野の出典を調査して追加して頂けないでしょうか。そこで一点特に申し上げたいのですが、具体的にその書籍の「安政の大地震」が一体何年の地震を指しているのか、それとも安政年間の地震を総称しているのか示して頂きたいのです。それと私も歴史学関連の書籍に多く目を通しているのと同様、立花左近さんも地震学も含めて広く調査いただきたいのです。
- 既にご存知のはずですが『世界大百科事典 2』の「安政地震」の項目は「安政東海地震」「安政南海地震」「江戸地震」と記されています。ノート:安政の大地震で引き続き議論いたしましょう。
- 本件以外にも「大地震」のついた歴史地震の記事は残っており、いずれはそれらを改名することもお考えになっているのではと推察については、現段階で相当するのは鎌倉大地震ですが、これについては未だ「認知度が高い - 信頼できる情報源において最も一般的に使われており、その記事の内容を表すのに最も著名であると考えられるもの」を特定するには至っておりませんし、こちらは資料も乏しく調査は困難を極めると考えています。
- 天正地震関連では立花左近さんが示された『天正大地震誌』は本文に「天正地震」とありますが、それ以降、「天正地震」の改名に異論を挟む根拠を未だ示されていません。急ぎはしませんが、これも私はCiNii検索など客観的な根拠を示していますので、異論を申されるなら少なくとも覆すだけの根拠は欲しいのです。
- 感情的、あるいは感覚では決して意見を述べて頂きたくはありません。既に述べたように首都直下型地震に関連ある重大な項目なのですから。
- また、これを持ち出すと、おそらく信頼できる情報源とは言えないとおっしゃるだろうと思いと決め付けるような発言については残念に思います。私は作成された背景が明らかでないWebサイトは強く主張するには値しない旨は申しましたが、真っ向から否定してはいません。なぜそのようなWebサイトを根拠にそこまで強く主張できるのかと申したまでです。『逆説の日本史 18 幕末年代史編1 - 黒船来航と開国交渉の謎』立派な出典です。このような教科書に載らない歴史の裏舞台、例えば大地震とか、私はそういうのは大変興味があります。
- ノート:総持寺 (和歌山市)における私の反省点でも有りますが、立花左近さんも時間が取れないから未調査と申しながらそれらを確認してみないと軽々に賛成とは申し上げられませんではWkipediaのコミュニティとしてどうなんでしょう?私もそこまで急ぎはしませんが、何れは根拠を整理して意見表明いただけないでしょうか。それから、私が示した根拠も客観的、公平な立場で考査して判断して頂きたく思います。--As6022014(会話) 2012年10月19日 (金) 09:07 (UTC)[返信]
- おっしゃる通り、根拠を示さないのはよろしくありませんね。As6022014さんが時間をかけ広く意見も募るというスタンスなのかと思っていましたが、あまり時間をかけ過ぎるのも良くありませんし、こちらの調査が進みそうにない場合にはそう遠くないうちに議論から降りさせていただくこともあろうかと思います(というとなんだかどこかの首相みたいですが、あそこまでひどいことはいたしませんのでご安心を)。
- 反省点といえば、As6022014さんが『逆説の日本史』をそこまで評価されるとは心底意外で、「決め付けるような発言」をしたのは反省しますが、そうおっしゃるAs6022014さんも「立花左近さんは恐らくamazon検索などで調査されたのだと思いますが」とか「立花左近さんはどうもネットで得られる情報を中心に意見を述べられているように窺われるのです」とか、結構「決め付けるような発言」をなさっていますよ。私も気をつけますから、As6022014さんも先ず隗より始めてはいたけませんか?
- (以下覚え書きとして挿入)こういうお考え([1]、[2])の方もいらっしゃいました。考え方は人それぞれで、本当に決め付けには注意しなければいけませんね。(挿入終わり)--立花左近(会話) 2012年11月20日 (火) 15:27 (UTC)[返信]
(インデント戻す)それとです、以前にも申し上げましたが、As6022014さんは私の改名提案にたびたびご意見を寄せられ、新たに2件においてご意見を頂戴いたしました。ノート:木曽路#改名提案については関連するリダイレクトを作成されていますし、ノート:多爲神社 (関市)#改名提案については賛成意見をいただいておりますのであまり申し上げたくはないのですが、その間他の改名提案には1件しかご参加されておらず、これは特定の利用者に対する「つきまとい行為」と誤解されかねない状況になりつつあるのではないかと懸念しております(通算しますと、私の改名提案でこれほど同じ方からご意見を頂戴したことは他に例がありません)。どうか、前にも申し上げたように、他の方の改名提案にももっと参加するなど、誤解の余地のない行動をお取り下さるよう、重ねてお願いいたします。--立花左近(会話) 2012年10月19日 (金) 15:26 (UTC)[返信]
- 結果的に付きまとい行為になっているのはお互い様だろうと思います。立花左近さんの提案対象が私の関心ごとにも重なり、正直申して立花左近さんのご提案の内容には何か引っかかるものがある(これもお互い様だろうが)。以前は特に意識せず結果的に立花左近さんのご提案にコメントしていたのですが、今回の2件につきましては意識的に意見を申し上げました。リダイレクトの件も勿論関係しています。今後もこの調子なら意見を申し上げる機会はあるかと思いますのでよろしくお願いします。またお互いに決め付けは良くないですね。気を付けます。
- ノート:元禄大地震ですが、のりまきさんが新たにコメントされていますので、ノート:安政の大地震に議論を移すかどうかは暫く様子を見て判断します。改名の結論を急ぐのは早計と考えていますので、少なくとも1ヶ月は議論の行方を見守る必要はあるかと考えています。--As6022014(会話) 2012年10月20日 (土) 03:15 (UTC)[返信]
- 申し訳ありませんが、私の方はAs6022014さんにつきまとい行為などしていないつもりです。私がAs6022014さんがご提案、または先にご参加されている議論に加わったのは、ノート:元禄大地震#改名提案とノート:木曽谷#「曽」の常用漢字化による記事名変更の提案だけです。このうち「元禄-」に関しては天正大地震が対象に含まれており、これについては過去に編集経験もありますし、私が立項した東常慶の中でも触れられている地震であることなど、もともと関心があったからです。しかも、控えめに意見を述べながら様子を見ているのに、私の会話ページにいらして2度も意見を述べるよう急かされたのはAs6022014さんの方です。
- 「木曽谷」に関しては、「曽根城」の議論の際、私がAs6022014さんになぜご参加されないのか疑問を述べた後でAs6022014さんがご参加されたのであって、わざわざAs6022014さんがご参加された議論を探して自分も参加したわけではありません。しかも、ここでは私は1度しか意見を述べておりません。
- 後はAs6022014さんの会話ページに伺ったことが2度ありますが、これに対してAs6022014さんが私の会話ページにいらしたのは5回です。
- あるいは「木曽路」も疑われるかもしれませんが、これは「木曽谷」の件の後で関連項目をいろいろ見ていて見つけたのであって、As6022014さんが木曾路のリダイレクトを作られたからというわけではありませんし、そもそも木曾路のリダイレクトは今回の改名により何ら影響を受けません。
- これに対して、私が提案したものでAs6022014さんが参加された改名提案は、ノート:蛇池#改名提案、ノート:総持寺 (茨木市)#改名提案、ノート:総持寺 (和歌山市)#改名提案、ノート:円頓寺#改名提案、ノート:曽根城#改名提案、ノート:多爲神社 (関市)#改名提案、ノート:木曽路#改名提案 の7件です。木曽路は除いたとしても、編集分野の重なることがあるKAMUIさんやUraniaさん、あるいは改名提案によくご意見を述べられるアルビレオさんでもこんな数にはなりません。しかも、今回は「意識的に」なさったとおっしゃるのですから、何をか言わんやです。これを「お互い様」と言われては、少々心外です。
- ですが、こういったことはお互いの主観的な問題でもありますから、まず両者が気をつけることも肝要かと思います。「今後もこの調子なら意見を申し上げる機会はあるかと思います」の「今後もこの調子」がどういう調子なのかよくわからないのですが、私の方はAs6022014さんのご議論に必要以上に関わるつもりはありません。まあ、改名提案は今後も出すことはあろうかと思いますし、As6022014さんが関心を持たれるものが含まれていたらご参加されるのはご自由としか申し上げられませんが、もし今後も他の方の議論には参加されることが少なく、私の改名提案等には頻繁にご参加されるようなことが続くとなると、あらぬ疑いは募るばかりですので、そこはよくよくお考えいただいて行動していただければと思います。以上、なにとぞよろしくお願いいたします。--立花左近(会話) 2012年10月20日 (土) 07:42 (UTC)[返信]
- いやいや「つきまとい」なんて言葉が良くないのであって、元禄大地震も木曽谷も単なる結果だと受け取っています。Wikipediaは利用者の投稿履歴が残るようになっている事にも意味があって、私の投稿履歴を追っていただくことは大いに歓迎しますし、批判は甘んじてお受けします。軋轢が残ったようにも取れますが、私は今回さまざまな調査も行い、大いに勉強になっているのです。--As6022014(会話) 2012年10月20日 (土) 07:59 (UTC)[返信]
- あと、これだけは伝えておきますが、木曽谷は改名提案が出された段階で既に気になっていたんですよ。形としては立花左近さんに教えられて初めて私がコメントしたように見えますが、事実はそうではない。木曽路にしても立花左近さんが改名提案を出していなければ私の方が先に出していたかも知れない。行動する前に先を越されたそんなところです。--As6022014(会話) 2012年10月20日 (土) 08:25 (UTC)[返信]
- 私も至らぬところは反省いたしますので、後はAs6022014さんがお願いをお聞き入れ下さるよう祈るばかりです。--立花左近(会話) 2012年10月20日 (土) 10:16 (UTC)[返信]
- そう言えば、As6022014さんの会話ページに伺った際、たまたま目についたのですが(「つきまとい行為」ではありません。念のため)、利用者‐会話:As6022014#同名記事のない「曖昧さ回避ページ」 という出来事があったんですね。ノート:蛇池#改名提案ノート:木曽路#改名提案でのご発言は、あるいはこのせいかとも思うのですが(と書いてしまうと「決め付けるような発言」になってしまいますね。すみません)、そこでのIPユーザーさんのご意見より、Punuさんのご意見の方がコミュニティの合意に近いのではないかと私は思います。あ、このことについて、ここでAs6022014さんとご議論するつもりはございませんので、ご反論などはご勘弁下さい。これについてはWikipedia:曖昧さ回避でも認められていることだと思われますので、必要ならそこのノートでご提議なさって下さい。お気づきかもしれませんが、私もこの上の利用者‐会話:立花左近#記事のない曖昧さ回避のためのページについてにあるように、無闇な作成には決して賛成ではありません。--立花左近(会話) 2012年10月20日 (土) 10:54 (UTC)[返信]
こんばんは、Hmanと申します。一連の削除依頼について少々。もしそこに、内容もケースEで、かつ著作権侵害が明らかな記事があったとします。この場合実は、著作権侵害の方で削除依頼をした方が、弁論も少なくて済み遥かに通りやすいのですが(とにかくケースB-1での削除依頼は楽です)・・・著作権を侵害しない形で再立項されたら、また削除依頼を出さねばなりません。今度はケースEで。Wikipedia:即時削除の方針#全般5も使えません(依頼理由が違うから)。ですから多少ご面倒でも、ケースEを主とし、ケースBを従としたかんじでご提出頂いた方が、良い場合が多い様に、お見受け致します。ケースEについても言及した意見が集まり、管理者がそれを理由に削除することもあるでしょう。それならWikipedia:即時削除の方針#全般5にも備えられます。
また今回の場合は、本来はケースEかつケースBであったのに、ご依頼がケースBのみであったため、そもそも削除自体が行えないケースも出て参りそうです。依頼事由がケースBだけですと、どうしても、投票者もそこしか見ない、傾向が、ございますので・・・。と言った次第で、今後はご善処頂ければと思います。なお即時削除につきましても、複数回のしつこい立項が想定される時には、通常削除依頼に回して頂きWikipedia:即時削除の方針#全般5を適用できるかたちにした方がコミュニティの負担が少なくなる場合がありますため、こちらにつきましても必要なケースでしたら、ご検討下さい。--Hman(会話) 2012年12月5日 (水) 10:36 (UTC)[返信]
- わざわざお越しいただき恐縮です。今回の一連のケースですが、すでに三つが削除されていますので、(それらも同様なのですが)今残っている案件だけお示ししますと、私が依頼を出す直前の版は次のようになっていました([3]、[4])。すなわち、出典の明記を求める状態だったわけです。その時点で私は、『日本城郭大系』などの資料を当たり、出典が確保できる見込みがあれば、加筆・修正するつもりだったのです。ですから、ケースEでの削除は全く望んでおりませんでしたし、今でも同じです。しかしながら、件のサイトからの転載を見つけ、著作権侵害の虞ありと判断したため、依頼を出させていただきました。ですから、本当に著作権侵害がないのであれば、存続で一向に構いませんし、そうなったら改めて加筆・修正を考えたいと思っております。今後も、城郭記事においては、どなたの新規立項に関係なく、よほどのことがない限り、ケースEで削除依頼を行うことはないと思います。申し訳ございませんが、そういうこととご理解いただければ幸いです。--立花左近(会話) 2012年12月5日 (水) 14:09 (UTC)[返信]
- 了解致しました。特に記事自体の削除が必要ではなく、著作権侵害の疑いのある記述の除去だけが目的、と言うことであれば、何ら問題の無い判断であったと思います。何分、先刻申し上げました如きに二度手間ケースをこれまで多数、本当に多数目撃しておりますので、念のためと思いましてご案内致しました次第でございます。大変お騒がせ致しましたことと同時に、お返事に余計なお手数をかけさせて致しましたことを、陳謝申し上げます。今後とも主に削除依頼の場でお世話になることもあるかとは存じますが、引き続きよろしくお願い申し上げます。--Hman(会話) 2012年12月5日 (水) 14:15 (UTC)[返信]
おひさしぶりでございます。以前に改名について議論となっていた本件ですが、信頼性の高い文献を見つけ、再度日本平の名称に戻す提案を提出いたしましたのでご確認ください。ご意見などがありましたらおねがいいたします。--Batholith(会話) 2013年1月18日 (金) 14:03 (UTC)[返信]
- この件についてはすでに改名を終えました。--Batholith(会話) 2013年2月7日 (木) 13:36 (UTC)[返信]
- ご連絡ありがとうございました。改名なさいましたことに異論はございません。多忙のため気づかず、ご返事が大変遅れまして申し訳ございませんでした。--立花左近(会話) 2013年3月14日 (木) 13:58 (UTC)[返信]
コメント、ありがとうございました!
考えてみれば、確かに三つの用水をまとめた記事を書いても、仕方ないですね。
これからも、よろしくお願い申し上げます!(時間があったら、欧州気候変動プログラムにも加筆をお願いします!)--zaen(会話) 2013年3月22日 (金) 07:02 (UTC)[返信]
- 削除寄りのコメントでしたのに恐縮です。「欧州気候変動プログラム」については門外漢なのでご容赦下さい。--立花左近(会話) 2013年3月25日 (月) 12:55 (UTC)[返信]
以前、気象庁が命名しない、すなわち正式名称が存在しない地震の記事名について議論にご参加頂きましたが、この度、プロジェクト‐ノート:災害#地震の記事名称の規則の方針について議論が始まりましたので、ご案内申し上げます。--As6022014(会話) 2013年5月1日 (水) 08:39 (UTC)[返信]
- ご案内ありがとうございます。議論を拝見させていただきます。--立花左近(会話) 2013年5月7日 (火) 01:36 (UTC)[返信]
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きしめんをどうぞ!
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At by Atと申します。芋川うどんの統合提案でのコメント、さらに加筆を行なっていただきありがとうございました!
統合提案や削除依頼などには不慣れなため、加筆依頼やリダイレクトなどの選択肢があることまで頭が回りませんでした。立花左近さんの加筆前の記事はわずか3行のサブスタブでしたが、加筆によって百科事典にふさわしい記事になったと思います。分割統合提案や削除依頼などを行なうことは稀だとは思いますが、今後ともよろしくお願いします。 At by At(会話) 2013年10月9日 (水) 04:39 (UTC)[返信]
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- ありがとうございます。芋川うどんもぜひ食してみたいものです。こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします。--立花左近(会話) 2013年10月9日 (水) 11:29 (UTC)[返信]
- 大したことをしてませんのに恐縮です。今後ともよろしくお願いいたします。--立花左近(会話) 2013年12月1日 (日) 14:56 (UTC)[返信]
初めまして。「北尾次郎」記事中の黒田清輝作品についての扱いですが、黒田清輝のファンとしますと、そのほかの美術館でPDにして公表されている作品ならいざ知らず、学会誌の論文の無断盗用ブログPDFからさらにキャプチャされたモノクロ画像では、汚く、心外です。そこまでして紹介する必要があるとは思えません。
日本の慣行では、画家の死後50年経っても美術館は使用許諾を求めるケースが殆どであり、ここでの論文作成者には、転載禁止を条件に使用許可を出しているそうです。もしPDにされたければ、直接許可を申請されてはいかがでしょうか?
さもないと、展覧会場での盗撮映像であっても、wiki全般では、PDとして歓迎することにもなります。
反社会的な行為(使用許諾手続をとるのが現地国の慣習)になりかねません。
肖像写真は他にあるわけですから、記事の目的上も不可欠ではないはずです。--Jana kotera(会話) 2013年12月19日 (木) 08:15 (UTC)[返信]
- お越しいただき恐縮です。さて、Jana koteraさんの会話ページでも申し上げました通り、件の絵画の著作権保護期間はすでに切れており、最高裁判例によってすでにパブリンック・ドメインになっていると判断されます。ただし、CRICのサイトの「Q. 県が所有する古美術品の写真が美術全集に載っていますが、この写真を別の出版社が使った場合、美術品の所有者の県には権利はないのですか。」によれば、古美術品を初めて写真に撮る場合には、所有者の許可がないとできないが、一旦古美術品が写真になれば、所有者が写真の複製を止めることはできないとあります。終わりの方に無許諾で写真を使用した場合についての記述もありますが、絵画を忠実に撮影した写真は、創作性がなく写真の著作物ではないと考えられておりますので、これには該当しません。したがって、著作権の消れた絵画で一旦撮影されたものの複製利用は問題ないと思われます。しかし、初めて撮影する場合は所有者の許可が必要であり、こちらの文化庁サイトにあるように、美術館などで「写真撮影禁止」になっていれば、美術館の了解がないと撮影等はできないと考えられるとのことですから、盗撮映像は歓迎されるものではありません。
- さてJana koteraさんはファンとしてご発言なさっているようですが、ウィキペディアは百科事典でファンサイトではございませんので、当該画像が百科事典として有用かどうかという視点でお考えいただければと思います。北尾次郎の項目で著名な黒田清輝画伯の手による肖像画があるとなれば、それを掲載することは不可欠ではないにしても、極めて有用と思います。ですが、ウィキペディアは共同作業で作り上げていく百科事典ですので、多くの方々が不要とのご意見であれば、掲載に固執するものではございません。なお、より上質な画像がアップロードされるようなことがあれば、それと差し替えることにももちろん反対いたしません。--立花左近(会話) 2013年12月19日 (木) 13:19 (UTC)[返信]
こんにちは。立花左近さんがアップロードされたファイル:Birthplace of Ishida Mitsunari.jpgは、著作権の対象となっている著作物であって、一般公衆に開放されている屋外の場所、または一般公衆の見やすい屋外の場所に、著作権者またはその許諾を受けた者によって恒常的に設置されている、美術の著作物の原作品を被写体とする写真であると判断されています。
ウィキペディア日本語版がこの画像を受け入れるには、Wikipedia:屋外美術を被写体とする写真の利用方針(2008年5月試験運用開始)に従う必要がありますが、現在のところ、その方針に違反しているものと考えられます。方針への違反状態(またはその疑い)が解消されない場合、画像は1週間後に即時削除(即時削除の方針#ファイル6)されますのでご注意ください。
つきましては、Wikipedia:屋外美術を被写体とする写真の利用方針およびTemplate:屋外美術を参照していただき、違反状態の解消をお願いします。方針違反の理由によっては、画像の削除が必要となります。その場合、初版投稿時から168時間(7日間)以内の画像であれば「投稿者本人の依頼」により即時削除に提出(即時削除の方針#ファイル9)できますが、それを経過した場合につきましては通常の削除依頼に提出してください。--106.180.3.201 2024年8月24日 (土) 23:18 (UTC)[返信]