八田木枯八田 木枯(はった こがらし、1925年1月1日 - 2012年3月19日)は、日本の俳人。 本名は日刈(ひかる、生誕時は光[1])。 人物三重県津市に出生。実家は材木商。10代から「ホトトギス」に投句し、1941年より長谷川素逝に師事[2]。のち橋本鶏二に師事[要出典]。戦後、貸本業や実家の材木商を営みながら、1945年に句誌「ウキグサ」を主宰[2]。1947年より山口誓子の「天狼」に投句して注目されるが[2]、1957年より20年間、稼業に専念するため句作を中断する[2]。1977年より句作を再開し、うさみとしおとの二人誌「晩紅」を発行[2]。1987年「雷魚」創刊同人[2]。句作再開後は「天狼」時代と打って変わり、虚実皮膜とも言われる玄妙な句を作った[要出典]。2005年、現代俳句協会賞を受賞。2011年、句集『鏡騒(かがみざい)』により小野市詩歌文学賞受賞[要出典]。同年「晩紅」を休刊し、木枯を囲む同人誌「鏡」が寺澤一雄により創刊[要出典]。 句集
脚注参考文献外部リンク
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