伊賀駒吉郎伊賀 駒吉郎(いが こまきちろう、1869年7月23日〈明治2年〉 - 1946年〈昭和21年〉3月3日)は、日本の思想家・教育者・心理学者・宗教学者。関西教育界の第一人者。特に、女子教育で定評があった。大阪府立島之内高等女学校(現・大阪府立夕陽丘高等学校)初代校長[1]。当時、菊池寛・三土忠造とともに、香川県出身の代表的な三人として並べられることもあった[2]。甲陽学院中学校・高等学校創立者。妙法蓮華経(法華経)、日蓮仏法の哲理を教育に展開した。第12回(1899年)文部省師範学校中学校高等女学校教員検定試験教育科合格者。 人物・思想日蓮の御義口伝に由来する、「桜梅桃李一時之春」という句を愛誦し、これを教育精神としていた。実際に、1917年創立の甲陽学院中学校・高等学校は、この「桜梅桃李」の精神を建学の精神とし、学級名も桜、梅、桃、李とした。また、「明朗にして溌剌無邪気の青年を育てたい」と著書に表しており、「明朗溌剌無邪気」は甲陽学院の教育理念となっている。 当時、難関であった文部省師範学校中学校高等女学校教員検定試験に合格しており、受験というものにも精通していた。 著作
参考文献
脚注
関連項目
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