一向寺 (古河市)
一向寺(いっこうじ)は、茨城県古河市長谷町にある時宗の寺院。山号を蓮池山、院号を無量院という。[1] 歴史鎌倉時代の建治2年(1276年)、一向上人俊性が開山。明治初めに末寺だった向星寺(北新町・現在の本町)、十念寺(鴻巣・現在の古河総合公園)、光福寺(野木町佐川野)が廃寺となり、この寺に合併された。近代の太平洋戦争時に時宗から浄土宗に改宗したが、昭和33年(1958年)に時宗に戻った。[1] 古河公方侍医・田代三喜の木像が安置されている。三喜の死後、門人らが作ったとされ、近郊を巡回し、病気治癒を願う人々に拝まれていたという。背負えるように木像の背には、紐が通せる穴があったされる。高さは75cm。元の像は明治34年(1901年)に焼失したため、現在の像は昭和8年(1933年)復元。[1] 廃寺となった永仙院の過去帳がこの寺に保管されている。永仙院は一向寺の近くにあった古河公方の菩提寺。この過去帳には、「天文十三年甲辰四月十五日 三喜一宗居士」とあり、田代三喜が古河で死去したことを示している。[2] 文化財
交通脚注
参考文献
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