リリアン・バスマンリリアン・バスマン(Lillian Bassman、1917年6月15日 - 2012年2月13日)は、ロシア系アシュケナジムのアメリカの女性写真家、画家、イラストレーター。主としてファッション写真の分野で活躍した。(主として1940年代・1950年代) 人物ニューヨーク市ブルックリンに生まれ、ブロンクスで育った[1]。当初は画家をしていた。1935年に写真家であるポール・ヒンメル(Paul Himmel, 1914年-2009年)と結婚し、リリアン・ヒンメル(Lillian Himmel)となるが、以降も、通常はリリアン・バスマンという名前を用いた。1940年にアレクセイ・ブロドヴィッチのクラス(the New School for Social Research)に入る。 1941年には、ブロドヴィッチのアシスタントとして、ハーパース・バザーでの仕事を開始(当初はアート・ディレクターとして)。リチャード・アヴェドン、アーノルド・ニューマン、ロバート・フランクらの写真家と仕事をともにしつつ、1940年代には自身も写真撮影を始めた。主な作品には「Betty Beihn, Nude I」(1950年)などがある[2]。彼女は、ジュニア・バザー(Junior Bazaar)でも仕事をした。 1951年に、夫とともにニューヨークに写真スタジオを設けている。1970年代には写真制作から離れ、1980年代後半からデザイン学校(Parsons School of Design)での教育を行った。(1970年代から1980年代にかけて日本人写真家 土井弘介が助手をつとめていた。バスマンと土井の親交はバスマンの死まで続いた[3]) 1980年代末から1990年代にかけて再評価されることとなり、それも受けて1990年代半ばには、再びファッション写真に携わるようになった。 2012年2月13日、バスマンはニューヨーク市マンハッタンの自宅で死去した[1]。94歳没。 写真集
脚注
洋書
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