リオネッロ・マンフレドーニア
リオネッロ・マンフレドーニア(Lionello Manfredonia、1956年11月27日 - )は、イタリア出身の元同国代表の元サッカー選手。ポジションはMF。 経歴19歳の時、SSラツィオでリベロとしてプロデビュー[1]。イタリアU-21代表を経て、1977年にイタリアフル代表に選出され、ワールドカップ・アルゼンチン大会に参加したが、エンツォ・ベアルツォットとの仲違いにより、代表から外れ、イタリア代表での出場機会は僅か4試合に終わった[1]。1980年、トトネロスキャンダルに巻き込まれ逮捕され、3年半の出場停止を言い渡された[1]。1982年のワールドカップ優勝による恩赦で、1982-83シーズンに複帰した[1]。そのシーズン、チームのセリエAに貢献したが、1984-85シーズンに再びセリエB降格が決まると、1985-86シーズン、ユヴェントスへ移籍した[1]。1985年のインターコンチネンタルカップ、アルヘンティノスとの対戦でも先発出場して優勝を果たした[2]。このシーズン、リーグ優勝も果たした[1]。1986-87シーズン、公式戦9y得点を挙げる活躍を見せたが、1987-88シーズンにASローマに移籍、この移籍は大きな驚きをもって受け止められると共に、ラツィオファンたちから非難された[1]。 所属クラブ脚注
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