マヌエラ・シュヴェーズィヒ

マヌエラ・シュヴェーズィヒ
Manuela Schwesig
生年月日 (1974-05-23) 1974年5月23日(50歳)
出生地 東ドイツの旗 東ドイツ フランクフルト・アン・デア・オーダー
所属政党 ドイツ社会民主党

在任期間 2017年7月4日 -

ドイツの旗 家族・高齢者・女性・青少年大臣
内閣 第3次メルケル内閣
在任期間 2013年12月17日 - 2017年6月2日

在任期間 2023年11月1日 - 2024年10月31日
テンプレートを表示
カースティン・グリーゼドイツ語版と会話するシュヴェーズィヒ(2009年)

マヌエラ・シュヴェーズィヒ(Manuela Schwesig、1974年5月23日 - )は、ドイツ連邦共和国政治家。現在、同国メクレンブルク=フォアポンメルン州首相。連邦参議院議長、同州労働、社会均等、社会相などを歴任。ドイツ社会民主党(SPD)所属、2009年より同党副党首。2013年から2017年まで第3次メルケル内閣で家族相を務めた。

職務経歴

フランク=ヴァルター・シュタインマイアーラルフ・ステグナードイツ語版とともに

フランクフルト (オーダー)生まれ。ゼーロウ高地にあるギムナジウムアビトゥアに合格後、1992年から2000年までフランクフルト (オーダー)の税務署に勤務すると同時に税務専門学校にも通う。1995年、財務ディプローム試験に合格後、税務監察官としてシュヴェリーン財務局に転属する[1]

2002年5月以降、彼女はメクレンブルク=フォアポンメルン州財務省[2]、320部局に勤務する[3]。最後に彼女は財務行政部局参事として、公的職務と組織問題に従事するようになった。

政治経歴

マヌエラ・シュヴェーズィヒは29歳でドイツ社会民主党(SPD)に入党し[1] 、社会民主党シュヴェリーン地域支部と州本部に属した。2004年以降、彼女はシュヴェリーン市議会ドイツ社会民主党(SPD)副議員団長になり、2007年10月から2008年10月まで議員団長になった[1][4]

2008年10月6日に州政府社会、保健相に任命された。彼女の前任大臣エルウィン・ゼレリングがメクレンブルク=フォアポンメルン州首相に転出したための後継人事であった[5]

2009年7月30日、2009年ドイツ連邦議会選挙におけるドイツ社会民主党フランク=ヴァルター・シュタインマイアー連邦首相候補の影の内閣閣僚になった。彼女は家族・社会領域を担当した[6]

2011年10月25日に、メクレンブルク=フォアポンメルン州第2次エルウィン・ゼレリング内閣の労働、社会均等、社会相に任命された。

2013年12月から2017年7月まで、第3次メルケル内閣で家族・高齢者・婦人・青少年相を務めた。

2017年7月4日、前任者が健康上の理由で辞任し、その後継に指名されたため、メクレンブルク=フォアポンメルン州首相に選出された[7]。2021年11月15日に賛成41、反対35、棄権3票で州首相に再任[8]

政策・主張

2014年ドイツ青少年文学賞の授賞式にて(右)
  • 州首相、家族・高齢者・女性・青少年担当大臣として長年、クオータ制の導入を提唱してきた。2015年には連邦レベルで女性の割り当てを実施した[9]
  • ドイツの性刑法(性犯関連)について、「より厳格な基準が必要。今あるものでは緩すぎる。女性に対する強姦は行為として処罰されないことが多い。加害者が処罰されず、責任が女性に向けられることもある」とし、「女性としては、路面電車にぶつかまれたり、誰かがスカートの下でつかんだりするかどうかは違いがある。これはケルン事件後に話題になった、所謂『ダンス』(ビーレフェルトでの最大500によるナイトクラブ襲撃及び性暴行)に関するものでもある。誰かが、レイプ、セクハラを行ったグループから嫌がらせを受けたら最大5年の懲役刑に処されるべきだ」「セクハラやレイプは些細な犯罪ではなく、罰せられなきゃいけない」と主張している[10]

家族

マヌエラ・シュヴェーズィヒはドイツ児童保護連盟会員である[2]。彼女は既婚で一人息子がいる[1]。2010年7月31日、無神論者だった彼女は夫と息子と共にキリスト教の洗礼を受け[11] 、家族と共に メクレンブルク福音ルター派州教会 に加入した。

脚注

  1. ^ a b c d Die Senkrechtstarterin. Manuela Schwesig wird Sozialministerin. In: Schweriner Volkszeitung. 2. Oktober 2008, Seite 5
  2. ^ a b Kampf um das Stadthaus beginnt. In: Schweriner Volkszeitung. 29. April 2008, Seite 15
  3. ^ vgl. den Organisationsplan des Finanzministeriums Archived 2014年1月14日, at the Wayback Machine.
  4. ^ Daniel Meslien neuer Chef der SPD-Fraktion. In: Schweriner Volkszeitung. 8. Oktober 2008
  5. ^ NDR Nordmagazin am 6. Oktober 2008
  6. ^ wit/ddp/AP: Grüne gehen auf Distanz zur SPD. In: SpiegelOnline. 31. Juli 2009
  7. ^ “Manuela Schwesig zur Ministerpräsidentin gewählt”. ディー・ツァイト. (2017年7月4日). http://www.zeit.de/politik/deutschland/2017-07/mecklenburg-vorpommern-landtag-schwerin-sondersitzung-manuela-schwesig-erwin-sellering 2017年7月5日閲覧。 
  8. ^ “Schwesig als Ministerpräsidentin von MV wiedergewählt”. NDR.de. (2021年11月16日). https://www.ndr.de/nachrichten/mecklenburg-vorpommern/Schwesig-als-Ministerpraesidentin-von-MV-wiedergewaehlt,koalitionmv156.html 2021年11月17日閲覧。 
  9. ^ "ICH BIN EINE QUOTENFRAU" Über Parteigrenzen hinweg: So unterstützen Spitzenpolitikerinnen die Frauenquote”. シュテルン (2020年11月26日). 2024年2月3日閲覧。
  10. ^ "Manuela Schwesig zur Reform des Sexualstrafrechts”. 家族省 (2016年6月18日). 2024年2月3日閲覧。
  11. ^ AH (25 August 2010). "SPD-Parteivize Manuela Schwesig lässt sich taufen". Hamburger Abendblatt. 2011年2月21日閲覧

外部リンク