シアトリカル |
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バートラム・ファイアストーンの勝負服 |
品種 |
サラブレッド |
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性別 |
牡 |
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毛色 |
鹿毛 |
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生誕 |
1982年3月13日 |
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死没 |
2012年8月31日(30歳没) |
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父 |
Nureyev |
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母 |
ツリーオブノレッジ |
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生国 |
アイルランド |
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生産者 |
Mr.&Mrs. Bertram R. Firestone |
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馬主 |
Bertram R. Firestone & Allen E. Paulson |
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調教師 |
Dermot K.Weld(アイルランド) Robert J.Frankel(アメリカ) William I.Mott(アメリカ) |
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競走成績 |
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生涯成績 |
22戦10勝 |
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獲得賞金 |
6万6284ポンド 284万500ドル |
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シアトリカル (Theatrical) は、アイルランドの競走馬、種牡馬である。1987年のエクリプス賞最優秀芝牡馬。半弟にはタイキブリザードが、近親にはアーリントンミリオンステークスなどを制した種牡馬パラダイスクリーク、チャンピオンステークスなどを制した種牡馬デビッドジュニアがいる。
戦績
1984年10月にデビュー。3戦無敗でエプソムダービーに向かうも、勝ったスリップアンカーから大きく離された7着。続くアイリッシュダービーは、ローソサイエティに半馬身差の2着とG1では勝ちきれなかった。
4歳となった1986年、ベルリン大賞をアカテナンゴの2着としたのを最後にアメリカに移籍。この年のブリーダーズカップ・ターフでは、マニラにクビ差2着と好走する。
翌1987年にモット厩舎に転厩すると本格化。この年は9戦7勝、7勝中G1を6勝。負けた2戦も2着入線、3着と高い安定感を見せた。引退レースとなったブリーダーズカップ・ターフでは、凱旋門賞馬トランポリーノを半馬身抑え、名実ともに1987年の芝のチャンピオンホースとなった。
おもな勝鞍
- ブリーダーズカップ・ターフ (G1)
- ターフクラシック (G1)
- マンノウォーステークス (G1)
- ハイアリアターフカップ (G1)
- ボーリンググリーンハンデキャップ (G1)
- ソードダンサーハンデキャップ (G1)
種牡馬時代
引退後の1988年に馬主が保有していたアメリカのブルックサイドファームで種牡馬入りした。馬主の死去により、2002年からはヒルンデイルファームで繋養された。
アイリッシュダービーを制したザグレブをはじめ、20頭以上のG1勝ち馬を輩出。種牡馬としても高い実績を残した。日本でも牝馬G1を2勝し、牡馬とも好勝負をくり広げたヒシアマゾンなどが活躍し、100頭以上の産駒が輸入される人気ぶりであった。母の父としてもアメリカの芝G1を7勝のイングリッシュチャンネル、凱旋門賞勝ち馬レイルリンクなどを出している。
2009年限りで種牡馬を引退。ヒルンデイルファームで余生を過ごし、2012年8月31日夜に老衰のため30歳で安楽死の処置がとられた[1]。
おもな産駒
ほかG1勝ち馬多数。
日本調教馬
ブルードメアサイアーとしては以下の活躍馬を輩出している。
血統表
脚注
外部リンク