サン=パビュ
サン=パビュ (Saint-Pabu、ブルトン語:Sant-Pabu)は、フランス、ブルターニュ地域圏、フィニステール県のコミューン。サン=パビュとは、11世紀から13世紀にかけてのトレギエの名でもあった。 由来パビュとは、古いブルトン語のpapu、すなわちかつて修道院の長を指す名称であったpapaからきている。PabuとはPapaの属格であり、故にローマ教皇を意味するpapeと混乱をきたす。このPabuとは、ブルターニュ七聖人の1人で、トレギエ司教であった聖テュグデュアル(fr)を指して、誤って伝えられてきた名称である。 旧トレギエ司教区の創設者、聖テュグデュアルは、4世紀にグレートブリテン島コーンウォールのデヴォンで生まれた。王族の血を引くテュグデュアルは、非常に若い頃から信仰に献身した。彼の模範となるような聖なる生き方が、彼の兄弟(聖職者たち)によって修道院長に選ばれる要因となった。 言い伝えによると、彼の夢の中に出てきた天使のお告げによって、自身の最も熱心な弟子たち72人を伴ってブルターニュへ渡った。弟子の中には、テュグデュアルの母である聖ポンペイア、妹の聖セナ、敬虔な未亡人のメランがいた。小集団は、ブラン・サブロン湾内にあるレオンの浜に到着した。聖テュグデュアルは、到着した湾から半時間のところに最初の庵を築いた。この庵はLann Pabuと呼ばれ、現在のトレパビュである。また、別の伝説によると、テュグデュアルの弟子聖モデズは礼拝堂を建て、聖なる創立者の人望篤い名、パビュの名を与えた。 地理サン=パビュはブレストの北約27kmにある。イロワーズ海に沿ったこの地域は、アベール・ブノワ川左岸にあたる。 アベール・ブノワ川と対峙するギャロ島はランデダに属する。ギャロ島へは干潮時に徒歩で往来可能である。garoとはブルトン語でシカを意味するgawrからきており、キリスト教伝来前から存在する名である。島や近くの場所に、ケルト神話の神ケルヌンノスを祀る場所があったからである。島には19世紀後半まで、そして第二次世界大戦後まで断続的に人が住んでいた。島では20世紀半ばまで畑が耕され、ウマが飼育されていた。島ではおよそ2000年前の墓が発見されている。 歴史16世紀、サン=パビュはブレストおよびサン=ルナンのセネシャルが治める代官区に属した[1]。 人口統計
参照元:1999年までEHESS[2]、2000年以降INSEE[3][4] ブルトン語2006年1月14日、Ya d'ar brezhoneg憲章の批准がコミューン議会で可決された。 ゆかりの人物
脚注
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