コンサーティーナ
コンサーティーナ (concertina) は、アコーディオン族に属するフリーリード楽器で、蛇腹楽器の一種である。 通常正六角形または正八角形の小型の手風琴(てふうきん)で、欧米の民俗音楽などでよく見かける楽器である。名称は日本語ではまだ固定表記が無く、「コンサーティーナ」のほかにも、コンサーティナ、コンサティーナ、コンサルティーナ、コンセルティーナ、コンセルチーナ、コンサルチーナ、コンチェルティーナ、コンツェルティーナ、コンサーチナ、コンサチーナなど様々な表記を見かける[注釈 2]。 特徴蛇腹楽器の中では最も軽量な部類の楽器で(通常のアングロ・コンサーティーナの重さは1 kgから2 kgの間)、取り回しも楽であるが、メロディーや和音伴奏も弾けるなど演奏性能は高い。基本は座奏だが、慣れれば立奏や歩奏も可能で、室内でも野外でも使える。弾きながら語ったり、歌うこともできる。 コンサーティーナを活用する音楽のジャンルも幅広く、世界各地の民族音楽や、西洋のクラシック音楽、現代的な通俗音楽、家庭音楽や商業音楽など、さまざまな音楽シーンで見かける。 ただ、コンパクトな楽器本体に比較的多数のボタン鍵盤と金属リードを詰めこまねばならないため、構造上、妥協や制約を余儀なくされる面もある。コンサーティーナは種類ごとにボタン鍵盤の配列法や蛇腹の押し引きの方式がまちまちであり(種類を参照)、ボタン鍵盤数の少ない機種では鳴らせない半音もある。 逆に言うと、コンサーティーナの奏者は自分の機種の特性にあった運指や奏法を工夫できる余地が大きく、それがこの楽器の面白さと奥深さにつながっている。 見分けかたアコーディオンとの違いアコーディオンの形状は左右非相称だが、コンサーティーナは(バンドネオンと同様)左右相称である。 アコーディオンは、右手側と左手側の筐体(きょうたい。器械を内蔵した箱)では形状も機能も違う(フリーベースアコーディオン等の例外を除き、演奏者から見て右手側の筐体は主旋律を担当、左手側の筐体は和音伴奏を担当することが多い)。また右手側の筐体はベルトで演奏者の体に固着し、左手側の筐体を左右に動かすことで蛇腹の押し引きを行うタイプが多い。 コンサーティーナ(とバンドネオン)は、左右の筐体は形状も機能もほぼ同じで、筐体をバンドで演奏者の胴体に固着させることはない(まれに、立奏のため首から紐で吊り下げたりすることもあるが、その場合でも筐体は演奏者の体に固定しない)。蛇腹楽器のバンドの有無についての説明も参照。
以下に蛇腹楽器の主な種類を示す。コンサーティーナは右の「左右対称」の列の楽器である(バンドネオンは広義のコンサーティーナ属の楽器であるが、狭義のコンサーティーナには含まない)。
バンドネオンとの違いケムニッツァ・コンサーティーナなど一部の例外を除き、コンサーティーナはバンドネオンよりも小さくて音域も高く、筐体の形も四角形だけでなく六角形や八角形などさまざまである。 歴史開発コンサーティーナは、19世紀の産業革命期の発明品の一つであり、1829年にイギリスの物理学者・チャールズ・ホイートストンが発明して特許を取得した[注釈 3][2]。ホイートストンが発明したコンサーティーナは、今日、イングリシュ・コンサーティーナ(英国式コンサーティーナ)と呼ばれるタイプである。その後、ジャーマン・コンサーティーナ(ドイツ式コンサーティーナ。後のアングロ・コンサーティーナやバンドネオンの原型となった)や、最も普及しているアングロ・コンサーティーナ(英国系コンサーティーナ)、改良型のデュエット・コンサーティーナ(重奏式コンサーティーナ)など、さまざまなタイプのコンサーティーナが発明されている。 名称「コンサーティーナ」という名称は、「演奏会」を意味する「コンサート」に、女性形縮小辞「-ina」[注釈 4]を付けて愛称化したもので、1834年から使われた[3]。この名称を使い始めたのはイギリスの楽器商だと思われる[4]。 普及小型なのに旋律も和音伴奏も演奏可能なコンサーティーナは、発明当時としては画期的な器械式楽器であり、人々の関心を引いた[5]。プロの音楽家だけではなく、移民や船員、旅芸人、行商人、キリスト教の宣教師、救世軍の楽隊[6]など、さまざまな人々がコンサーティーナを持って各地を旅し、この楽器を世界に広めた。また、通俗的なダンス音楽や大衆音楽、民族音楽、賛美歌、クラシック音楽など幅広いジャンルの音楽の演奏に使われるようになった。 民族音楽世界各地の民俗音楽(民族音楽)でも広く使われる楽器である。例えばアイルランド音楽(特にクレア県)や、イングランドのフォーク・ミュージック、モリス・ダンスの音楽、北米のポルカ、カントリー・ミュージック、アフリカーナーのボーア音楽(Boeremusiek)、ズールー人の音楽、ボリビアのフォルクローレ(特にコチャバンバ県)等ではよく見かける楽器である。 欧米欧米諸国において、コンサーティーナの人気は19世紀を通じて高かった。各国の楽器製造家は、工業展覧会に出品された新製品のコンサーティーナを見たり、特許登録の情報を入手するなどして刺激を受け、それがまた新たなタイプのコンサーティーナが考案される契機となった[7]。 20世紀に入ると、新しい音楽ジャンルの勃興や、レコード音楽の普及、アコーディオンなど競合楽器の発展など、コンサーティーナを取り巻く環境が大きく変化し、その人気は急落した。20世紀半ばまでは、コンサーティーナのブランド・メーカーが次々に廃業するなど、長期低迷の状況が続いた。その後、欧米諸国では、1960年代の音楽界における「ルーツ・リバイバル」(英語版)(フォーク・リバイバル)運動をきっかけにコンサーティーナの良さが少しずつ見直され、今日に至っている。 日本コンサーティーナは幕末ないし明治時代に伝来した。救世軍[9]や宣教師[10]、「オイチニの薬売り」の一部[11]などもコンサーティーナを使用した(昔の日本語では、コンサーティーナやアコーディオン等の蛇腹楽器をまとめて漠然と「手風琴」とか「風琴」と呼んだ。西南戦争の戦場で村田新八が弾いていた「風琴」を、コンサーティーナとする小説作品[12]や大河ドラマ[13]もある)。 ただ、比較的早い時期から国産品の普及が進んだアコーディオンとくらべると、コンサーティーナは今も昔も全て輸入品で日本のメーカーによる国産品は存在せず(個人が組み立てた楽器などを除く)、日本ではコンサーティーナは珍しい楽器のままであった。 とはいえ、日本でもテレビや映画などでは、そこそこコンサーティーナを見かける(コンサーティーナが登場する作品など)。ただ日本国内での知名度が低いため、アコーディオンやバンドネオンと混同されてしまうケースも多い[注釈 5]。 近年はコンサーティーナを弾く日本人も少しずつ増えており、YouTubeやニコニコ動画などの動画投稿サイトや、アイルランド音楽の講習会やアイリッシュ・パブにおけるセッション、オープンマイクやライブなどで、コンサーティーナの演奏を視聴できる。また日本語によるイングリッシュ・コンサーティーナの教則本[14]も刊行されている。 ギャラリー
演奏のしかたコンサーティーナの奏法は多様である。楽器を両手のあいだにはさみ、両手で蛇腹を押したり引いたりして空気の流れを作り、指でボタン鍵盤をおさえてメロディーや和音を奏でる、という基本は同じである。ただし、蛇腹の押し引きの向きや、指づかい、演奏に使う指の本数(特に小指の使用頻度)は、コンサーティーナの種類や、演奏者の好みのスタイル、演奏する音楽のジャンルごとに大きく異なる。 コンサーティーナの演奏の基本姿勢は、楽器本体を膝やふとももの上に置く座奏であるが、慣れれば、手で楽器の重みを支える立奏や歩奏も可能である。変則的な奏法も可能で、ベッドに寝たまま仰向けの姿勢で弾いたり、サーカスのピエロのように曲芸をしながら弾くこともできる。どのような姿勢で弾くかは、演奏者のポリシーや、演奏場所の状況にもよる。また、楽器の構造や音楽性から、おのずと適した演奏姿勢の傾向が決まる面もある。 楽器の外部構造の面から見ると、手のひらをバンドで楽器本体に固定して楽器をしっかり保持できるアングロ・コンサーティーナやデュエット・コンサーティーナは、立奏も比較的容易である。イングリッシュ・コンサーティーナでも、熟練者であれば、首かけ紐なしでの立奏も可能である。ただし、アングロ・コンサーティーナといえども、アイルランド音楽を演奏する場合は、蛇腹の押し弾きの切り返しを頻繁かつ機敏に行わねばならぬため、演奏者はもっぱら座奏の姿勢を取る。
楽器の構造蛇腹(ベロー)の左右両側に、多角形(六角形、八角形、四角形、十二角形など)の木製の箱(ボックス。筐体)が2つついている。それぞれの箱の板面には、ボタン式の鍵盤(キー)が並んでいる。左右の手で楽器をはさむようにして持ち、蛇腹を押したり引いたりすると、蛇腹の中の空気に圧力がかかる。指で箱の板面のボタン鍵盤を押すと、そのボタンと連動した空気穴が一時的にあき、穴にとりつけた金属製のフリーリードが空気の流れによって振動して、音がでる。このようなメカニズムは、アコーディオンやバンドネオンなど、他の蛇腹楽器と同様である。 コンサーティーナのボタンの配列は、蛇腹を押したときと引いたときで違う高さの音が出る押し引き異音式(ダイアトニック式。バイソニックとも言う)と、押したとき、引いたときに同じ音が出る押し引き同音式(クロマチック式。ユニソニックとも言う)の二種類に大別できる。ダイアトニック式とクロマチック式では、同じくコンサーティーナという名称であっても、奏法や音楽のフィーリングが全く異なるため、事実上は互いに別種の楽器であるといっても過言ではない。 コンサーティーナの箱の中の狭い空間に多くのリードとボタンをつめこんで配列するには、精密な機械にも似た複雑で高度な職人技が必要となる。 ヴィンテージスタイルの高級品のコンサーティーナは、金属リードも含めて職人の手作りであり、コンサーティーナ独特の音色がする。一方、廉価版のコンサーティーナでは、大量生産されたアコーディオン用の金属リードを流用したり、箱の内部のリードとボタンのしくみを簡易化することで価格を抑えている。 この他、電子楽器としてのリードのないMIDIコンサーティーナや、iPhoneやiPad用のコンサーティーナのアプリケーション(本物の楽器と同様の指使いで、画面をタッチして演奏できる)などもある。 外部構造各部位の名称を示す。[1] 左はアングロ・コンサーティーナ、右はイングリッシュ・コンサーティーナ。
内部構造Wheatstone(ホイートストン)ブランドのイングリッシュ・コンサーティーナを分解した写真。八角形の筐体(エンドフレーム。機械部分を収納する箱)の中に、リードが放射状に並んでいる。これはコンサーティーナ・リードと呼ばれる構造である。 リードの音色他の蛇腹楽器と同様、コンサーティーナもリードによって音色の印象ががらりと変わる。 リードの組み合わせ
リードの種類コンサーティーナ・リードを使った機種と、アコーディオン・リードで代用した機種があり、両者の音色の風格は異なる。 コンサーティーナ・リードは職人の手作りであり、比較的高価である。高級なコンサーティーナの価格の半分はリードの値段と言われ[16]、楽器の価格が高くなるが、甲虫の羽音のように鋭いコンサーティーナ独特の個性的な音色を奏でることができる。 アコーディオン・リードは、大量生産のスケールメリットにより、比較的安価である。ただしコンサーティーナ・リードと形状が異なり、サイズも大きめである。これを使ったコンサーティーナの音色は、悪く言えば没個性的、良く言えばオールジャンルの演奏に適した癖がない音色になる。 コンサーティーナの種類普通、コンサーティーナと言えば、アングロ・タイプとイングリッシュ・タイプの二種類を指すが、実はそれ以外にもさまざまな種類が存在する[注釈 6]。蛇腹楽器の常として、外見は同様の形状の楽器でも、奏法や音色、音楽のフィーリングなどによって、全く別種の楽器になってしまうため、楽器購入や学習にあたっては注意を要する。 コンサーティーナの高級品は職人の手作りであり、奏者の注文に応じてアクシデンタル・キー(増加鍵盤)を追加するなど、一台ごとにきめ細かい改良が施される。世界に数台しかないという稀少タイプのコンサーティーナも存在する(例えば、フラングロ・コンサーティーナ=仏英折衷式、など)。 ここでは、主な種類の紹介にとどめておく。 コンサーティーナは、イギリス起源の押し引き同音式(クロマティック)と、ドイツ起源の押し引き異音式(ダイアトニック)に分かれる。それぞれはさらに、ボタン鍵盤の配列のコンセプトによって分かれる。
上記のうち、バンドネオンはもともとジャーマン・コンサーティーナの一種だったが、現在はコンサーティーナとは別の独立した楽器として扱われる。またバンドネオンは本来押し引き異音式で、アルゼンチン・タンゴの伴奏者も押し引き異音式のダイアトニック・バンドネオンを好む傾向があるが、一部の演奏者は押し引き同音式のクロマティック・バンドネオンを使う。 コンサーティーナの種類が今も統一されず多様性を保っている理由は、それぞれの種類の方式に一長一短があるためである。例えば、押し引き同音式のほうがシステマチックでやさしいように見えるが、実際に楽器を手に取って弾いてみると一概にそうとも言えない。鳴らせる音が限られるぶん、かえって押し引き異音式のほうが簡単に習得できることも多い。そもそも、楽器と音楽の相性は単純な合理性で決まるものではない。アイリッシュ音楽とアングロ・コンサーティーナの結びつきや、タンゴとバンドネオンの関係のように、外来の蛇腹楽器と現地の音楽が相互に影響を与えあって発展する事例も多い。 イングリッシュ・コンサーティーナクロマティック式(押し引き同音式)。「英国式コンサーティーナ」の意[注釈 7]。 ピアノでいう黒鍵と白鍵に相当する半音階のボタン(♯/♭) を網羅しているので、ダイアトニック式と違い、1台あれば長調でも短調でも、どんな調の曲にも対応できる[14]。20ボタン、48ボタン、56ボタンなど様々なサイズがあり、ボタン鍵の数が多いほど音域は広い。蛇腹の操作性などとのバランスもあり、48ボタン(48鍵)を使う演奏者が多い。蛇腹操作の特性上、蛇腹の長さはダイアトニック式にくらべて比較的短く、また、なめらかな曲を弾くのにも向いている。 イングリッシュ・コンサーティーナの外見上の特徴は、左右の板面にサム・ストラップ(親指をくぐらせるベルト)とフィンガー・レスト(小指を置く耳のような形の金具。「指掛(ゆびかけ)」)がある点で、それによってアングロ・コンサーティーナと見分けることができる。また、イングリッシュのボタン鍵盤の配列の形も、アングロとは異なっている。 メロディーと和音伴奏を同時に演奏することもできるが、高音と低音のボタンが左右それぞれに入り交じっているという複雑なボタン配列の特性上、バイオリンのようにメロディーだけを弾く人も多い。 ボタン鍵盤は通常、左右の手の人差し指、中指、薬指の計6本で弾く(三指法)[注釈 8]。左右の手の親指はサム・ストラップにくぐらせて楽器を支えるのに使う。小指はフィンガー・レストに引っかけて楽器のバランスを取るが、他の指の動きにあわせて一時的にフィンガー・レストから離すこともある。 ただし、親指を除く4本の指全部でボタン鍵を弾く「四指法」のスタイルの演奏者も少なくない。この場合、小指は一時的ないし恒久的にフィンガー・レストから離して弾く。初期のイングリッシュ・コンサーティーナの名手であったジュリオ・レゴンディ(英語版 Giulio Regondi)も、小指を人差し指・中指・薬指と同様に使い、フィンガー・レストはあまり使わなかった、と伝えられる。
音域の多様さイングリッシュ・コンサーティーナは48ボタン、56ボタンが基本仕様であるが、ボタン鍵盤の配列によって音域が異なるなど、多様な仕様が製作されている。
テナー、バリトン、バスはリードを低音域に遷移させた仕様である。 バリトン以降のボタン鍵盤の配列は、48ボタンでは通常、中央ド(Middle-C)は左側にあるが、バリトン以降は右側、1オクターブ上の位置にあることが多い。 この場合、楽譜を48ボタンの運指で演奏すると、1オクターブ下の音域が発音される。さらに、この仕様で楽譜の出る音の通りに演奏すると、運指が反対となるため、ボタン配列との関係を再度習得する必要がある。 このような、多様な音域のコンサーティーナを使用して、救世軍がコンサーティーナ・バンドを結成して演奏活動を行っていた。 アングロ・コンサーティーナダイアトニック式(押し引き異音式)。1850年代初頭にイギリスのジョージ・ジョーンズ (George Jones,1832-1919) が開発した[17]。 本来の名称はアングロ・ジャーマン・コンサーティーナ(英国系ドイツ式コンサーティーナ=英独折衷式コンサーティーナ)と言うが、単に「アングロ・コンサーティーナ」と呼ぶことが多い[注釈 9]。イングリッシュ・コンサーティーナを土台にして、「リヒター配列」(ハーモニカや、ドイツ式のダイアトニック系蛇腹楽器で採用された音の配列法)を採用したことからの命名である。 ダイアトニック式のコンサーティーナは、普通のハーモニカと同様、一台の楽器で出せる半音の数は限られる。例えばC調の一列ボタン式(ボタン数は10個前後)なら、ピアノでいう白鍵に相当する音階しか鳴らせない。C/G調の二列ボタン式(ボタン数は20個前後)なら、半音はF♯も出せるようになる。三列ボタン式(ボタン数は30個から40個前後まで)なら、ほとんどの半音をカバーできるので「セミ・クロマティック式」ないし「アングロ・クロマティック式」とも呼ばれる[注釈 10]。 押し引き異音式は、出せる半音の数が限られているぶん、奏法は簡単で独習が可能である。そのため、世界各地の民俗音楽などで、よく使われる。また蛇腹を激しく押し引きするため、アイルランド音楽のメリハリのある曲を素早く演奏するのにも適している。 アングロ・コンサーティーナの外見上の特徴は、左右の板面にパーム・レスト(手のひらを置くための横木の台)とハンド・ストラップ(手のひらをくぐらせるベルト)があることで、それによってイングリッシュ・コンサーティーナと見分けることができる。 左右の手の、親指を除く計8本の指でボタン鍵盤を弾く[注釈 11]。左右の親指は、ハンド・ストラップの外に出ているため、動きに制約がある。左手の親指は、ドローンのボタンがある機種ではそれを押して鳴らすのに使うが、ドローンのボタンが無い機種(30ボタン以下の機種など)では使わない。右手の親指はエアバルブ・ボタン(空気抜きボタン)の操作に使う。アングロは、ボタン鍵盤の操作に使える指の数が比較的多く、また、ボタン鍵盤の配列も右手は高音で左手は低音に分かれているため、メロディーと和音伴奏を同時に弾くことも比較的容易である[注釈 12]。 ボタン配列や調や音域の多様さアングロ・コンサーティーナのボタン鍵の並べかたは、「リヒター配列」という原則は共通しているものの、細かい部分は機種ごとに違う。 まず「C/G調」とか「G/D調」などのように、機種ごとに基本の「調」が決まっている(最も普及しているのはC/G調)。またボタン鍵の数も機種によって、20個から40個以上まで、さまざまである。 アクシデンタル・ボタン鍵(半音を鳴らすため臨時に使うボタン鍵)の配列は、ホイーストスン配列(=ラシュナル配列)とジェフリーズ配列の2大方式がある[18]。プロの奏者がコンサーティーナの製作ないしレストアを楽器製造元にオーダーする際、一部のアクシデンタル・ボタン鍵の音高を特注して変更してもらうこともある。 音域も機種ごとに低音から超高音まで、さまざまである。アイルランドの演奏者・コーマック・ベグリー(Cormac Begley)は、バス、バリトン、トレブル、ピッコロ(超高音)の各音域のコンサーティーナを弾くことで有名である[19]。 アングロ・コンサーティーナのボタン鍵盤は多様で、ピアノ鍵盤のような絶対的な標準仕様は存在しない。そのため、アングロ・コンサーティーナの教則本を購入したり、楽器本体を購入する際は、ボタン鍵の配列に注意する必要がある。 アイルランド音楽アイルランド音楽(アイリッシュ音楽)でもコンサーティーナをよく使うが、演奏家の大半は「30ボタン・CG調のアングロ・コンサーティナ」を好んで使用し、それ以外のタイプは少数派である(アイルランド音楽の演奏では、ホイーストスン配列とジェフリーズ配列の違いにかかわるボタン鍵はあまり使わないので、両者の差はあまり気にしなくてよい)。アイルランドの中でも特にクレア県は昔からコンサーティーナが盛んである。過去に来日したことがあるコンサーティーナ奏者、例えばノエル・ヒル(Noel Hill)、コーマック・ベグリー(Cormac Begley)、イデル・フォックス(Edel Fox)、リアム・オブライエン(Liam O'Brien)、ノエル・ケニー(Noel Kenny)、ジャック・ギルダー(Jack Gilder)等は日本でも比較的知られている。
デュエット・コンサーティーナ右手と左手で二重奏(デュエット)的に演奏できるよう、ボタン鍵の配列を改良したタイプで、日本国内では演奏者が少ない希少楽器である。チャールズ・ホイートストンが開発し(1844年に特許取得[20])、後にさまざまな方式が考案された。 イングリッシュ・コンサーティーナは演奏性に優れた楽器であるが、例えば「ドレミファ…」を弾くとき、左手でド、右手でレ、左手でミ、右手でファ……のように左右を交互に行き来しなければならない。その点、アングロ・コンサーティーナなど押引異音式のコンサーティーナでは「ドレミファ…」を左手だけ、あるいは右手だけで弾けるが、こちらは蛇腹の押し引きを繰り返さねばならない。押し引き同音式であり、かつ、左手だけ、あるいは右手だけでも「ドレミファ…」を弾けるようにしたのが、デュエット・コンサーティーナである。ピアノやオルガンのように、右手と左手でそれぞれ違うメロディーを二重奏的に弾くこともできるし、右手で主旋律、左手で伴奏を弾くこともできる。ただし、ボタン鍵盤の並べ方は、楽器の形状による制約もあり、ピアノ式鍵盤とは全く違う。また小型の機種では一部の半音のボタン鍵を省略しているものもある。 デュエット・コンサーティーナの方式には、
などがあり、それぞれボタン配列の方式が異なる[21]。例えば、救世軍が賛美歌などで普通に使っている「トライアンフ・フィンガーリング」の場合、手の甲へベルトを当て、拇指を除く4指を使い、和声的伴奏とメロディーをそれぞれ左右の手で同時に弾く(左手側が低音部で右手側が高音部)[22]。デュエット・コンサーティーナの外見は、アングロ・コンサーティーナとよく似ている。しかし、一般的にデュエットのほうがアングロよりもやや大きく、またボタン・キーの数や配列の形もアングロとは微妙に異なるので、よく見ると外見だけで区別することができる。
ジャーマン・コンサーティーナダイアトニック式。1834年にドイツのケムニッツ市のカール・フリードリヒ・ウーリヒ(英語版)(Carl Friedrich Uhlig 1789–1874)が開発した四角いコンサーティーナで、バンドネオンやアングロ・コンサーティーナの原型となった(バンドネオンの欧米での俗称「タンゴ・コンサーティーナ」が示すとおり、バンドネオンもまた、広義のコンサーティーナの一種である)。ボタン鍵盤の並べ方は、1820年代末に発明された初期のダイアトニック・アコーディオンや、ハーモニカと同様の「リヒター配列」を採用している。初期のタイプは、左右の筐体のそれぞれにボタン鍵が5個づつ、計10個しかなかった。後に、半音のボタンを追加したり、ボタン数とサイズを増大して音域を拡張した改良型のジャーマン・コンサーティーナが、いろいろと開発された。 イングリッシュ・コンサーティーナとの違いウーリヒはウィーンに旅したとき、シリル・デミアンのアコーディオンを購入し、それをヒントにコンサーティーナを発明した[23]。ウーリヒは同時代のイギリスのホイートストンのイングリッシュ・コンサーティーナを参考にしたのか、それとも、それを知らずに別個に発明したのか、どちらが真相なのかについては、よくわかっていない[24]。ホイートストンとウーリヒのコンサーティーナは、内部機構はかなり異なる。ホイートストンのイングリッシュ・コンサーティーナは、細い金属製の「てこ」状のレバーを放射状に並べているが、ウーリヒのジャーマン・コンサーティーナは木製のレバーを平行線状に並べている。またイングリッシュ・コンサーティーナの蛇腹は高価な皮革製だったが、ジャーマン・コンサーティーナの蛇腹は安価な厚紙製だった[25]。ホイートストンが発明したイングリッシュ・コンサーティーナは、当初は比較的高価で、富裕層のサロン音楽の楽器としてもてはやされた。これと対照的に、ウーリヒのジャーマン・コンサーティーナは比較的低価格で、出せる半音が限られるなど性能面の制約はあったものの、庶民層の手軽な通俗音楽の楽器として世界各地に広がった(上掲の、1856年の英国の絵画「盲目の少女」の絵を参照)。
ケムニッツァ・コンサーティーナケムニッツァ・コンサーティーナ (Chemnitzer concertina) は音域を拡張した大型のジャーマン・コンサーティーナである。呼称の由来は蛇腹楽器の歴史と縁が深いドイツのケムニッツ市から。ボタン鍵の数は機種のサイズによって違う。本来は38ボタンや39ボタンだったが、現在は大型の音域拡張型である51ボタンないし52ボタンの機種も普及している。この楽器の起源はドイツだが、20世紀初頭からドイツ系アメリカ人の楽器製作者たちによる改良が積み重ねられ、今日のような形になった。バンドネオンと大きさ、外見、音色がよく似ているため、しばしば日本では混同されがちであるが、実際にはボタン配列も奏法も異なる全く別の楽器である。それぞれの音のリードの数は機種によって違い、通常は2枚から5枚ていど、チューニングはオクターブ違い、あるいは、ユニゾン(複数のリードの同じ高さの音の複数のリードが同時に鳴る)、その他のさまざまである。ポーランド系アメリカ人のポルカ音楽の伴奏でもよく使われる。そのためアメリカ合衆国中西部で単に「コンサーティーナ」と言うとこのケムニッツァ・コンサーティーナを指すことが多い。
カールスフェルト・コンサーティーナカールスフェルト(ドイツ語: Carlsfeld (Eibenstock))出身のジャーマン・コンサーティーナ演奏者カール・フリードリヒ・ツィンマーマン(ドイツ語: Carl Friedrich Zimmermann)が、ウーリヒによる初期のケムニッツァ・コンサーティーナを土台として、自分が弾きやすいようボタン鍵盤のレイアウトを変えた機種である。ツィンマーマンは当初、ウーリヒから治具や部品の提供を受けて手作りしていたが、やがて自分の工房を建てて独立し、1849年のパリの産業博覧会にこの新しい楽器を出品した。英語では“Carlsfelder concertina”、ドイツ語では“Carlsfelder konzertina”と呼ぶ。 バンドネオンとの関係1864年、ツィンマーマンは米国に移住[注釈 13]。その際、ツィンマーマンの弟子で工場長だったエルンスト・ルイス・アルノルト(Ernst Louis Arnold)が事業を引き継いだ。これが、バンドネオンの製作でも有名なELA社の起源である。ちなみに、エルンストの妻はウーリヒの娘であり、二人のあいだの息子が、バンドネオンの伝説的な製作者・アルフレッド・アーノルド(アルフレート・アルノルト)である[26]。このような、開発者・製作者どうしの濃密な人間関係も反映して、ケムニッツァ・コンサーティーナ、カールスフェルト・コンサーティーナ、バンドネオンは、特にそれぞれの前期型は、外見が互いに酷似している。 バンドネオンドイツのハインリヒ・バンドが、ケムニッツ市に旅した際に入手したウーリヒのコンサーティーナをもとに、1840年代に開発した改良型のコンサーティーナである。ドイツでは、野外での教会の儀式でパイプオルガンの代わりに伴奏したり、流行曲を演奏するのに使われた。バンドの死後も、バンドネオンにはボタン鍵盤が追加されて大型化するなど、引き続き改良が加えられ、当初とはサイズもボタン配列も大きく変化した。バンドネオンは19世紀末に南米へもたらされ、1910年代頃からアルゼンチンのタンゴの主要伴奏楽器として定着したため、タンゴの楽器というイメージが世界的に広まった。これらの理由により、バンドネオンは歴史的に見れば「コンサーティーナ属」の1種だが、一般にはコンサーティーナとは別の独立した楽器と見なされるようになっている。詳しくはバンドネオンを参照。
クロマティフォンクロマティフォン(chromatiphon)は1920年代にヒューゴ・スターク(Hugo Stark 1873年-1965年)が特許登録したボタン鍵盤配列をもつ蛇腹楽器である。サイズや外見はバンドネオンと似ているが、音色もボタン鍵の並べ方もバンドネオンとは全く別物であり、広義のコンサーティーナ族の楽器である。
その他コンサーティーナではないが、コンサーティーナとやや似た形状をもつ楽器に、ベルカンデオン(bercandeon)、シンフォネッタ(symphonetta)、ペパニカ(papernica)、ノマドノートボックス(nomad note box)、ウダー(udar)等がある。
コンサーティーナの製造元コンサーティーナは、大手楽器メーカーのブランドを冠したOEM品を含めて、家内制手工業的に職人(ビルダー)の工房で作られることが多い。ビルダーの個人名がそのままブランド名となる例も少なくない。 コンサーティーナについては(バンドネオンも同様だが)、製作年代が古くても調律やメンテナンスがしっかりした高級モデルが今も流通している。ヴィンテージ・モデルのコンサーティーナの老舗メーカー(廃業、消滅したメーカーも含む)は以下のとおり[27]。
その他がある。ヴィンテージ・モデルのコンサーティーナは、製作時期や保存状態により品質の当たり外れが大きいため、購入する場合は注意を要する(同じメーカーでも第二次世界大戦後のモデルは品質が落ちたケースもあり、一概に新しいモデルほど良いとは言えない)。 以下は、現在も新品を製造しているメーカーないしビルダーの一部である。
他多数[29] コンサーティーナの製造元は欧米に集中している。中国製もあるが、その品質についての評価は必ずしも高くない[30]。 楽器以外のコンサーティーナ英語圏では、この楽器の形状(蛇腹や多角形の筐体)を連想させる事物を、コンサーティーナという語を含む名称で呼ぶことが多い。
コンサーティーナが登場する作品など映画、テレビ、ラジオ、ゲームなど
その他
脚注注釈
出典
外部リンク総論
イングリッシュ・コンサーティーナ
アングロ・コンサーティーナ
コンサーティーナを所蔵している博物館
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