エタネルセプト (Etanercept)とは、分子標的治療薬 の一つで関節リウマチ などの膠原病 ・自己免疫疾患 の治療薬である。可溶性炎症性サイトカイン の一つである腫瘍壊死因子 (TNF)に結合して作用を阻害する。商品名エンブレル 。日本で関節リウマチ 、若年性関節リウマチの治療薬として承認されているほか、海外では乾癬性関節炎 、尋常性乾癬、強直性脊椎炎 の治療にも用いられる。TNF-α は多くの臓器での炎症(免疫)反応で常連のサイトカインである。自己免疫疾患は免疫反応の過剰活性化が原因であり、エタネルセプトはTNF-αを阻害してこれらの疾患を治療できる[ 1] 。
エタネルセプトは組み換え遺伝子 から合成された融合蛋白質 である。TNF受容体と免疫グロブリンIgG1 の定常部位から構成されている。最初にTNF-αと結合する可溶性TNF受容体2 (英語版 ) のヒトでの遺伝子配列が特定され、次にIgG1末端のFc (英語版 ) 領域の遺伝子配列が決定された。次いで両遺伝子が結合され、それを翻訳 して生成した融合蛋白質がエタネルセプトであり、TNF受容体2とIgG1 Fc領域の機能を保持している。最初にプロトタイプの融合蛋白質が合成されたのは1990年代前半で、in vivo での抗TNF活性が非常に高く、安定性も極めて高かった[ 2] [ 3] [ 4] 。その蛋白質に関する特許が取得され[ 5] 、2002年に製薬企業に売却された[ 6] 。
エタネルセプトは分子量150kDa の大きな蛋白質で、過剰なTNF-αが関与すると思われる自己免疫疾患 ―強直性脊椎炎 [ 7] や若年性関節リウマチ 、関節リウマチ等―でTNF-αに結合してその働きを奪い、炎症を抑制する。
効能・効果
日本においては、関節リウマチ 、若年性特発性関節炎を適応症としている。同じカテゴリーであるインフリキシマブ とは異なり、メトトレキセート との併用は必ずしも必要とはされていない。
米国での適応は、中等度〜重度の関節リウマチ[ 8] 、中等度〜重度の若年性特発性関節炎 [ 9] 、乾癬性関節炎 [ 10] 、強直性脊椎炎 [ 11] [ 12] 、中等度〜重度の乾癬 [ 13] である。
副作用
免疫抑制剤であるため、特に結核等の感染症 のリスクが高まる。
B型肝炎 ... 活動性のあるものはもちろん、健常キャリアも再燃することがある。
C型肝炎 ... B型肝炎同様に、増悪・再燃がみられることがある。
肺炎 ・気管支炎
結核 ... 最も留意すべき疾患である。エタネルセプトによる加療前にQFT検査 等で検査をすることが奨められている。
重大な副作用として、
が添付文書に記載されている。
2008年5月、米国ではエタネルセプトが関係する重篤な感染症の発生が相次ぎ、食品医薬品局から添付文書への黒枠警告の設置が命じられた[ 14] 。潜在性結核感染症の再発や不顕性B型肝炎 ウイルスの再活性化等の重篤な感染症(敗血症 や死亡例を含む)がエタネルセプトの使用後に発生していた[ 15] [ 16] 。
エタネルセプト投与後のストロンギロイデス 感染症の報告がある[ 17] 。
作用機序
デコイ受容体 (英語版 ) として腫瘍壊死因子 TNF-αとTNF-βの両方に結合し、TNF受容体へのシグナル伝達 を阻害し、病勢を沈静化させる[ 18] 。
TNF-αはリンパ球 とマクロファージ という2種類の白血球 が産生するサイトカイン である。炎症 部位へと白血球を遊走させ、分子レベルでの炎症応答を開始・増幅させる。エタネルセプトはその作用を遮断する事で、特に自己免疫疾患 で、炎症応答を停止させる。
TNF受容体 には2つの型が知られている。1つは白血球表面に固定されており、白血球がTNFに反応して他のサイトカインを放出する際にそれを経由する。もう1つは可溶性 で、TNFを不活性化し炎症反応を鈍らせる役割を持つ。さらに、TNF受容体は全ての有核細胞の表面に発現している(ヒト赤血球は核を持たないのでTNF受容体を持たない)。エタネルセプトは自然に存在する可溶性TNF受容体を模倣し、自然の受容体よりも遥かに長い血中半減期 を持ち、生物学的有効性が持続する[ 19] 。
化学的特徴
ヒト可溶性TNF 受容体 (75kDa)とIgG1 のFc領域を遺伝子組換え により結合させたリコンビナント融合蛋白 であり[ 20] 、二量体である。
開発
開発の経緯
エタネルセプトはTNF-αに対するモノクローナル抗体 であるインフリキシマブ の直ぐ後(1998年)に発売された。
エタネルセプトは二量体 であり[ 21] 、二量体であることがエタネルセプトの有効性に必要である。初期の研究では単量体を用いていたが、充分な効果は得られなかった。
研究開発
エタネルセプトは多くの疾患の治療薬として研究中であり[ 22] 、その中には血管炎症候群 が含まれるが、多発血管炎性肉芽腫症 には無効であった[ 23] 。
関連項目
出典
^ “TNF defined as a therapeutic target for rheumatoid arthritis and other autoimmune diseases - Nature Medicine ”. 2008年1月10日 閲覧。
^ Peppel,K. et al. A tumor necrosis factor (TNF) receptor-IgG heavy chain chimeric protein as a bivalent antagonist of TNF activity. J.Exp.Med. 174(6):1483-9, 1991
^ Peppel,K. et al. Expression of a TNF inhibitor in transgenic mice. J.Immunol. 151(10):5699-703, 1993
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外部リンク