アイオス・エフストラティオス島 (アイオス・エフストラティオスとう、ギリシア語 : Άγιος Ευστράτιος / Agios Efstratios )は、エーゲ海 北部に位置するギリシャ 領の島。
名称
「アギオス・エフストラティオス島 」とも転記される。島の名は、9世紀 にこの島で暮らした聖エフストラティオスにちなむ。彼は東ローマ帝国 皇帝レオーン6世 によるイコノクラスム (聖像破壊運動)に反対して亡命生活を送った。彼のものとされる墓は、現在も島民から大切にされている。
地理
位置・広がり
アイオス・エフストラティオス島は、リムノス島 の南約30キロメートル、レスボス島 の西北西約80キロメートル、スキロス島 の北北東約75キロメートル、アロニソス島 の東北東約90キロメートルに位置する。形状はほぼ三角形 で、面積は43.325キロメートル、水面積は島の15.14%の6.56キロメートル、人口371人、人口密度 9人/キロメートルとなっている。
地形は全体的に山がちである。気候は地中海性気候 に属しており、夏は暑く乾燥し、雨はほとんど降らない。
地勢
陸地の大部分は岩石がむき出しになっており、ところどころに背丈の低い植物が生えているのみである。しかし、周囲の海は豊かで魚が豊富に獲れる。多数の美しい浜辺がアイオス・アントニス、Lemonies、Avlakiaなどの島嶼にあり、そのほとんどが小型船で到達できる距離にある。
歴史
1930年代 、アイオス・エフストラティオス島は政治犯の流刑地として利用され、収容所が建てられた。1968年 2月19日 には大地震が発生し、島の大部分の家屋が倒壊した。このため、兵営で用いるようなプレハブ工法 によるコンクリート 造りの建物が建てられた。
軍事政権 下の1970年代 には、政治的反体制派を収容する目的で収容所が再利用された。著名な被収容者には、作曲家のミキス・テオドラキス がいる。
行政区画
旧レスボス県におけるアイオス・エフストラティオス村(1999年 - 2010年)
アイオス・エフストラティオス市 (Δήμος Αγίου Ευστρατίου )は、北エーゲ 地方リムノス県 に属する基礎自治体(ディモス)である。中心集落アイオス・エフストラティオスは島の西部にあり、県都ミリナ (英語版 ) (リムノス島)から南西へ約38キロメートル、州都ミティリーニ (レスボス島東部)からは北西へ143キロメートルの距離にある。
カリクラティス改革にともなう自治体統廃合(2011年 1月施行)までは、レスヴォス県 に属する自治体であり、「村」に相当するキノティタという位置づけであった(Κοινότητα Αγίου Ευστρατίου )。改革にともない、領域はそのままディモスとなるとともに、レスヴォス県から分割されたリムノス県の所属となった。市域には、本島以外にごく小さな島もあるが、いずれも無人島 である。
表中のΚ.δ. はΚοινοτικό Διαμέρισμα の略であり、カポディストリアス改革による統廃合(1999年 1月施行)以前の旧自治体に由来する区画である。数字は人口(2001年 国勢調査)を示す。
Κ.δ. Αγίου Ευστρατίου アイオス・エフストラティオス - 371人
ο Άγιος Ευστράτιος アイオス・エフストラティオス - 371人
οι Άγιοι Απόστολοι (νησίδα) - 0人
ο Ρούμπος (νησίδα) - 0人
交通
リムノス島 、アイオス・コンスタンディノス、キミ (エヴィア島 )、カヴァラ からアイオス・エフストラティオス島行きの船が出ている。
文化・観光
アイオス・エフストラティオス島は、とても魅力的な町並みや砂浜などを残しており、自然環境も維持している。この島を訪れる観光客は、大部分が心機一転や瞑想 が目的である。
脚注
外部リンク