MS1
パブロ・フェンテス・レイナ(Pablo Fuentes Reyna、1956年12月31日 - 2012年1月12日)は、メキシコ・ハリスコ州サルバティエラ出身の男性プロレスラー。リングネーム「MS1(エメ・エセ・ウノ)」で知られた。実子はMS1ジュニア。 来歴メキシコのプロレス雑誌「ボクス・イ・ルチャ」の企画で誕生したレスラー[1]で1978年7月12日に本名でデビューした。 1年ほどで宇宙人をモチーフにしたマスクマン「MS1(エメ・エセ・ウノ)」で登場。MS2(エメ・エセ・ドス)とのコンビで活躍。1982年7月2日にマスカラ・コントラ・マスカラでラヨ・デ・ハリスコ・ジュニアに破れ素顔をさらす。1983年から1984年にはサングレ・チカナとの抗争を繰り広げる。1984年に旧UWFに来日。同年にエル・サタニコ、エスペクトロ・ジュニアと「ロス・インフェルナレス」を結成。1985年2月13日にリンゴ・メンドーサを破りNWA世界ライトヘビー級王座を奪取。同年3月8日に「ロス・インフェルナレス」(エル・サタニコ、ピラタ・モルガン)で「ロス・ブラソス」(ブラソ・デ・オロ、ブラソ・デ・プラタ、エル・ブラソ)を破りメキシコナショナルトリオ王座を奪取。1987年3月20日にラヨ・デ・ハリスコ・ジュニアを破り再びNWA世界ライトヘビー級王座奪取。26日にはマスカレと組んでシエン・カラス、マスカラ・アニョ・ドスミル組を破りメキシコナショナルタッグチーム王座を奪取。 1991年11月22日と1992年9月20日にはCMLL世界トリオ王座を奪取。 その後、メンバーのピラタ・モルガンのCMLLの退団などでMS1も1996年に退団。1998年に引退。プロモーターのような形で実子のMS1ジュニアとインディ団体をサーキットした。 2012年1月12日、自動車事故により死去[2]。55歳没。 得意技獲得タイトル
脚注
外部リンク
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