ATP感受性カリウムチャネル (ATPかんじゅせいカリウムチャネル、英 : ATP-sensitive potassium channel )またはKATP チャネル は、細胞内のヌクレオチド 、ATP とADP によって開口が制御されるカリウムチャネル のタイプである。ATP感受性カリウムチャネルはKir 6.x型サブユニットとスルホニルウレア受容体 (英語版 ) サブユニット、そして他の付加的な構成要素から構成される[ 1] 。KATP チャネルは主に細胞膜 に存在するが、一部は細胞の他の区画の膜にも存在する。筋鞘 に存在するものはsarcKATP 、ミトコンドリア の膜に存在するものはmitoKATP 、核膜 に存在するものはnucKATP と分類される場合もある。
発見と構造
KATP チャネルは野間昭典 のグループによって心筋 細胞で最初に同定された[ 2] 。彼らはインスリン の分泌を制御する膵臓 でもこのチャネルを発見したが、実際に細胞膜に広く分布している[ 3] 。sarcKATP は8つのタンパク質サブユニットからなる八量体である。これらのうちの4つは内向き整流カリウムチャネル (英語版 ) ファミリーKir 6.x(Kir 6.1 (英語版 ) またはKir 6.2 (英語版 ) のいずれか)であり、他の4つはスルホニルウレア受容体(SUR1 (英語版 ) 、SUR2A (英語版 ) 、SUR2B)である[ 4] 。Kir サブユニットには2つの膜貫通領域が存在し、チャネルのポアを形成している。SURサブユニットにはさらに3つの膜貫通ドメインが存在し、細胞質 側に2つのヌクレオチド結合ドメインを持つ[ 5] 。これらはヌクレオチド を介したカリウムチャネルの調節を可能にし、代謝状態のセンサーとしての役割に重要である。これらのSURサブユニットはスルホニルウレア 、MgATP(ATPのマグネシウム 塩)や他のいくつかのチャネル開口薬に対する感受性がある。すべてのsarcKATP はこの4:4の比の8つのサブユニットから構成されているが、それらの正確な組み合わせは組織によって異なる[ 6] 。
mitoKATP は、ミトコンドリア内膜の単一チャネル測定によって1991年に初めて同定された[ 7] 。mitoKATP の分子構造はsarcKATP ほど理解は進んでいない。一部の報告では、心臓のmitoKATP はKir 6.1とKir 6.2サブユニットから構成されるが、SUR1やSUR2を含まないことが指摘されている[ 8] [ 9] 。より近年では、コハク酸デヒドロゲナーゼ を含む多タンパク質複合体がKATP チャネルに類似した活性を示すことが発見されている[ 10] 。
nucKATP の存在は、単離された核膜断片が細胞膜のKATP チャネルと同様の速度論的・薬理学的性質を持つことから確認された[ 11] 。
細胞代謝のセンサー
遺伝子発現の調節
KATP 遺伝子ファミリーのメンバーとして、4つの遺伝子が同定されている。ABCC8 (SUR1)とKCNJ11 (Kir 6.2)遺伝子は11番染色体 (英語版 ) p15.1に位置し、ABCC9 (SUR2A、B)とKCNJ8 (Kir 6.1)遺伝子は12番染色体 (英語版 ) p12.1に位置する。SUR2AとSUR2Bは選択的スプライシング による産物である[ 12] 。
これらの遺伝子の転写 の変化、すなわちKATP チャネルの産生の変化は、代謝環境の変化と直接関係している。例えば、グルコース 濃度が高い時にはKCNJ11 のmRNA レベルの大幅な低下が誘導され、グルコース濃度が低い時にはその逆となる[ 13] 。同じように、ラットの左心室の心筋では60分の虚血 後24時間から72時の再灌流によってKir 6.2の遺伝子の転写が増大する[ 14] 。
低酸素 や虚血に対する細胞のKATP の応答に関しては次のような機構が提唱されている[ 15] 。細胞内の酸素レベルの低下は、ミトコンドリアのTCA回路 を減速させることで代謝速度を低下させる。効率的に電子伝達 を行うことができないため、細胞内のNAD+ /NADH 比は低下し、PI3キナーゼ や細胞外シグナル調節キナーゼ が活性化される。その結果、c-Jun の転写がアップレギュレーションされ、SUR2の遺伝子のプロモーター に結合するタンパク質が合成される。
細胞の酸化ストレス とKATP の産生の増加との関係が持つ重要な意味の1つは、全体的なカリウム輸送機能がこれらのチャネルの膜濃度と正比例するという点である。糖尿病 の場合、KATP チャネルが正常に機能しないため、細胞は不利な酸化的条件に適応できず、軽度の心筋虚血や低酸素に対して顕著に感受性となる[ 16] 。
代謝の調節
特定の化合物のKATP チャネルの開口の調節への寄与の度合いは、組織の種類、より具体的には組織の主要な代謝基質が何であるかによって異なる。
膵臓のβ細胞 では、ATPが主要な代謝基質であるため、ATP/ADP比がKATP チャネルの活性を決定する。静止状態では膵臓β細胞の弱い内向き整流性KATP チャネルは自発的に活性化され、カリウムイオンが細胞外へ流出することで負の静止膜電位 (K+ の逆転電位 (英語版 ) よりやや正の電位)が維持される[ 17] 。グルコース代謝が高い、すなわちATPの相対的レベルが上昇している場合、KATP チャネルは閉じ、膜は脱分極 して電位依存性カルシウムチャネル が活性化され、カルシウム 依存的なインスリン 放出が促進される[ 17] 。近接するKATP チャネル分子はC末端 領域を介して多量体化しているため、ある状態から他の状態への変化は迅速かつ同調的に行われる[ 18] 。
一方、心筋細胞ではエネルギーの大部分は長鎖脂肪酸 とそのアシルCoA に由来する。心筋虚血は脂肪酸の酸化を減速するため、アシルCoAの蓄積を引き起こし、KATP チャネルの開口を誘導するが、遊離脂肪酸は閉じたコンフォメーションを安定化する。この変化は、ATP感受性を喪失したカリウムチャネルを持つトランスジェニック マウスの研究から明らかになった。膵臓ではこれらのチャネルは常に開いていたが、心筋細胞では閉じたままであった[ 19] [ 20] 。
ミトコンドリアのKATP と好気的代謝の調節
細胞のエネルギー危機に伴って、ミトコンドリアの機能は低下する傾向がある。これは、ミトコンドリア内膜の膜電位の変化、膜を越えたイオン輸送バランスの異常、フリーラジカル の過剰産生などのためである[ 6] 。こうした状況下では、mitoKATP チャネルの開閉によって内部のCa2+ 濃度と膜の膨張の程度が調節される。この過程は適切な膜電位の回復を補助し、さらなるH+ の流出を可能にしてミトコンドリアでのATP合成に必要なプロトン勾配の形成が継続される。カリウムチャネルによる補助がない場合、高エネルギーリン酸の消費は不利な電気化学的勾配 でのATP産生速度を上回ってしまう[ 21] 。
核膜と筋鞘のKATP チャネルも代謝トスレスに対する耐久性とそこからの回復に寄与している。エネルギーの節約のためにsarcKATP は開いて活動電位 の持続時間を短くし、nucKATP を介した核内のCa2+ 濃度の変化は保護タンパク質の遺伝子の発現を促進する[ 6] 。
心血管のKATP と虚血性障害からの保護
心筋虚血は、必ずしも直ちに致死的となるわけではないが、しばしば壊死 による遅発性の心筋細胞死を引き起こし、心筋に永続的な損傷を与える。1986年にKeith Reimerによって初めて記載された方法では、大きな虚血傷害を起こす前に、患部組織を短時間(3–5分)の非致死的な虚血状態に置くことでこうした障害を軽減することができる。この方法は虚血プレコンディショニング (英語版 ) (IPC)として知られており、その効果は少なくとも部分的にはKATP チャネルの刺激によるものである。
IPCが最大の効果を発揮するためには、sarcKATP とmitoKATP の双方が必要である。5-ヒドロキシデカン酸(5-hydroxydecanoic acid、5-HD)またはMCC-134によるmitoKATP 選択的な遮断によってIPCによる心保護作用は完全に阻害され[ 22] 、またsarcKATP の遺伝子をノックアウト したマウスでは、野生型マウスと比べて基底レベルの障害が上昇することが示されている[ 23] 。この基底レベルの保護は、sarcKATP が筋収縮時に細胞内へのCa2+ の過剰な取り込みの防止や力の発生の抑制によって、希少なエネルギー資源を節約することによるものであると考えられている[ 24] 。
sarcKATP が欠損すると、IPCの効果が低下するだけでなく、筋細胞のCa2+ を適切に分配する能力が大きく低下し、交感神経 シグナルに対する感受性が低下して、不整脈 や突然死の素因となる[ 25] 。また、sarcKATP は血管の平滑筋の緊張を調節しており、Kir 6.2やSUR2の遺伝子の欠失は冠動脈 の血管攣縮 (英語版 ) を引き起こし、死をもたらす[ 26] 。
心拍 の調節におけるsarcKATP の役割の研究によって、このチャネルの変異体、特にSUR2サブユニットの変異体が、特に虚血/再灌流後の拡張型心筋症 の原因となることが発見されている[ 27] 。KATP チャネルの開口が完全に催不整脈作用を持つのか抗不整脈作用を持つのかに関しては、いまだ明らかではない。カリウムの伝導性の増加は虚血障害時の膜電位を安定させ、梗塞の範囲や異所性ペースメーカー (英語版 ) 活性を減少させると考えられる。一方で、カリウムチャネルの開口は活動電位の再分極 を促進し、不整脈の再開を誘発する可能性もある[ 6] 。
出典
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関連文献
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関連項目
外部リンク