長泉寺 (本庄市)
歴史1474年(文明4年)、関東管領上杉顕定の開基である。ただ「開基の位牌」とされる位牌は、2代後の関東管領上杉憲房のものであるため、実際の開基は憲房の可能性もある[1][2]。 当寺は曹洞宗の修行道場とされ、最盛期は多くの修行僧が集っていた。かつての境内は、3万平方メートルもある大伽藍であった。しかし1842年(天保13年)の山火事で焼失してしまった[1]。 1753年(宝暦3年)に当寺に植栽された樹齢650年の「骨波田のフジ」(こつはたのフジ)と呼ばれるフジがある[3][4]。言い伝えによると、後に当寺の第19世住職となる仏国哲眼が、当寺に向かう途中、荷物の紐が切れてしまった。そこで辺りにあった古いフジの蔓を紐の代わりとした。到着した際に蔓は庭に捨てたが、それが根付いたのが「骨波田のフジ」の由来である[2]。 文化財
交通アクセス
脚注参考文献
外部リンク |