長善寺 (前橋市)
長善寺(ちょうぜんじ)は、群馬県前橋市堀越町にある曹洞宗の寺院。山号は豊国山、本尊は釈迦如来[1]。 歴史平安時代末期、大胡太郎重俊の開基である。大胡氏は藤原秀郷を始祖とする藤姓足利氏[2]の一族である。元々は現在地から約2.5キロメートル北北東の同市滝窪町に位置していた[3]。弘治永禄年間、瑞誉和尚(橋林寺5世)の時代に現在地に移転した[1]。墓地には「大胡太郎の墓石」と呼ばれる墓がある。ただ造立年代が「貞和三年(1347年)」であることから、開基の重俊ではなく、「太郎」の通称を持つ大胡氏の別人の可能性がある[3]。当初の山号は「赤城山」だったとされる[1]。 安土桃山時代、当寺住職南江道根は豊臣秀吉と親交があり、度々大坂城に出入りしていた。そのことから、子の秀頼とも面識があり、秀頼による「豊国山」の書が残されている。ただし江戸時代は徳川将軍家に対する配慮から、豊臣家との関係を示唆するものは憚られた。明治以降になって、山号は「豊国山」に復し、住職の苗字も豊臣家に因み「豊国」となった[3]。 明治6年(1873年)開校した大胡学校(現・前橋市立大胡小学校)は、当初本応寺を仮校舎としたが手狭となったため翌明治7年3月から長善寺に移り、明治12年10月に新校舎が落成するまで授業が行われた[4]。 太平洋戦争中は王子豊川国民学校(現・北区立豊川小学校)の児童職員の集団疎開の受け入れを行った[5]。 当寺出身の著名人として豊国覚堂がいる。覚堂は当寺第27世[6]住職であり、1913年(大正2年)に上毛郷土史研究会を結成するなど郷土史家として活躍した[3][1]。 文化財交通アクセス
周辺脚注参考文献
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