膳摩漏
膳 摩漏(かしわで の まろ[1])は、飛鳥時代の人物。姓は臣。冠位は小錦中、贈大紫。壬申の乱の功臣。 経歴『日本書紀』によれば、天武天皇11年(682年)7月9日に小錦中の膳摩漏が病となり、天皇は草壁皇子と高市皇子を遣わして見舞いさせたが18日に摩漏は死去した。天皇は驚き、とても悲しんだ。21日に壬申の年の功によって、天皇は大紫の位と禄を摩漏に贈り、皇后(後の持統天皇)も物を贈った。大紫は壬申の功臣の中でも高位だが、書紀が壬申の乱を述べるくだりに摩漏の名は見えないので、どのような活躍をしたかはわからない。 脚注
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