脳動脈瘤
脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう、英語: cerebral aneurysm)とは、ヒトの脳内部で、何らかの理由で動脈の血管壁に脆弱性が発生したために、血管壁が瘤状に変化した病変である。その大きさは、1 mm程度の微小な物も有れば、25 mmを超えて巨大脳動脈瘤と呼ばれる物まで存在する。 病態静脈とは異なり、主に心臓によって付与された圧力が強く負荷される動脈は、少なくとも、内側から血管内皮細胞、中膜、さらに、それを包む外膜と、3層以上の構造体が見られる。もし脳で、これらが全て一気に破れた場合には脳出血が発生する。これに対して、何らかの理由で、これらの構造体の一部が失われると、特に動脈の強度を保つために重要な中膜が失われると、動脈内の血液の圧力に耐え切れず、次第に膨らみ動脈瘤が発生し得る。これが脳で発生したのが、脳動脈瘤である。 脳動脈瘤が発生する数は1つとは限らず、約2割の確率で、頭蓋内に複数の動脈瘤が発見される。 動脈瘤の部分の血管壁は、基本的に中膜を欠いているために、正常な動脈の血管壁と比べて破綻し易く、その場所で破裂して、そこから出血が発生し易い。なお、破裂していない脳動脈瘤は、未破裂脳動脈瘤と呼ばれる。脳の場合は、そこで出血すると深刻な影響が発生し得るため、発見された未破裂脳動脈瘤が、その後、どのように変化するかについて興味が持たれ、盛んに疫学研究が行われてきた[1]。 なお、多くの脳動脈瘤はクモ膜下腔に形成されるので、これが何らかのきっかけで破裂すれば、クモ膜下出血が発生する。クモ膜下出血の原因として最多なのが、この部位にできた脳動脈瘤の破裂だと言われる。 一般的な脳動脈瘤の好発部位脳に動脈瘤が形成される確率の高い部位とは、動脈が分岐している場所である。したがって、大脳動脈輪(ウイリス〈Willis〉動脈輪)の分岐部に、特に形成され易い。 原因先天的な血管の奇形で、中膜の欠損が存在していた状態で、内弾性板の断裂が加わり、そこに血圧の負荷が加わった結果、次第に嚢状に膨らみ、動脈瘤が形成されると考えられている。これには、また遺伝的要因も否定できず、疫学研究の結果によれば、脳動脈瘤の家族歴が有る場合は、その発症の確率が高まると言われている[2]。 症状脳動脈瘤が破裂しない限りは、原則として無症状である。 ただし、脳動脈瘤が脳神経や脳の神経細胞などを圧迫した結果、それに応じた症状が出る場合もある。 例えば、内頸動脈と後交通動脈分岐部に発生した脳動脈瘤や、脳底動脈と上小脳動脈分岐部に生じた脳動脈瘤では、動脈瘤による圧迫で、同側の動眼神経に麻痺をきたす。なお、これらの脳動脈瘤が原因の動眼神経麻痺が出現してきた場合は、動脈瘤の破裂が切迫してきた状態と考え、早期に治療が必要と言われる。動脈瘤が大きい程に、破裂の危険性も高く、そして動脈瘤が大きい程に、このような圧迫が起き易いためである。 なお、最大径が25 mm以上の、いわゆる巨大脳動脈瘤と言われるサイズにまで膨らむと、動脈瘤の部位に応じた圧迫症状が出てくる事が普通である。 一方で、脳動脈瘤が破裂すると、頭蓋内出血の症状が出てくる。 特殊な脳動脈瘤特殊な原因で発生する脳動脈瘤として、細菌性脳動脈瘤や外傷性脳動脈瘤が挙げられる。なお外傷性脳動脈瘤は、受傷後、暫くしてから破裂し、急激な転帰を辿る場合が見られるため、注意が必要である。
診断どのような原因で発生した脳動脈瘤であれ、基本的には画像診断が重視される。
未破裂脳動脈瘤の自然経過に関しての報告画像診断によって発見された未破裂脳動脈瘤が、その後、どのような経過を辿るかについて、数々の疫学研究が行われてきた。以下に、その例を記載する。
治療経過観察未破裂脳動脈瘤が発見されても、それが破裂するリスクが極めて低いのであれば、経過観察に留める選択肢は充分に現実的な選択である。また、少々の破裂のリスクであれば、直ちに治療は行わず、定期的な経過観察を行い、動脈瘤の性状に変化が起きていないかを確認して、変化が起きてから、初めて治療を行うという選択肢も充分に考えられる。ただし、経過観察を行う場合には、禁煙の実施、大量飲酒習慣の是正、高血圧の治療を行い、動脈瘤の破裂のリスクを低下させる事が普通である。なお、高血圧の治療のために降圧剤を投与すると、それが今度は降圧剤投与によって脳梗塞の誘発など、新たな疾患のリスクを増加させる事なども鑑みて、方針を決定する。なお、喫煙や大量飲酒のような、直ちに取り除けるリスクについては、直ちに取り除く事が求められる。必要に応じて、煙草や酒に対する依存症の治療も行う場合がある。 このようにして脳動脈瘤の破裂のリスクを低下させたうえで、半年か1年毎に画像検査を行う。また、経過観察にて、動脈瘤の拡大・変形、または、動脈瘤に随伴する症状の変化が明らかになった場合は、方針の見直しを行う事が推奨される。 外科的処置一方で、脳動脈瘤の破裂のリスクが高いと判断できた場合には、脳動脈瘤を破裂しないようにするための外科的な処置を実施した方が良い場合がある。特に、平均寿命や基礎疾患などを加味しても、脳動脈瘤の破裂さえ起こらなければ、今後10年や15年は充分に生存しているであろうと考えられる場合には、外科的な処置を選択した方が良い可能性が高まる。 クリッピングとコイリング脳動脈瘤の破裂を防ぐために実施され得る、一般的な外科的な処置としては、開頭手術を行って動脈瘤の根元にクリップを装着して脳内にクリップを残して破裂を防止する「クリッピング」と、適切な場所の血管を切開してカテーテルを脳動脈瘤まで到達させて動脈瘤の内部にカテーテルから詰め物を送り出す「コイリング」が挙げられる。 ISAT試験、CRAT試験では、クリッピングとコイリングの治療法の効果には、大差が無かったとの報告が出された。 したがって、コイリングは、開頭手術と比べれば圧倒的に侵襲が低いため、有利である。さらに、多発性動脈瘤でも、動脈瘤の性状に問題が無ければコイリングが有利である。 しかしながら、動脈瘤の付け根の部分の幅が広い形状の動脈瘤では、コイリングで動脈瘤の内部に充分な詰め物を施し難く、この場合はクリッピングの方が良い場合が出てくる。さらに、巨大動脈瘤にコイリングを施しても、再開通率が高いため不利である。また、動脈瘤が脳組織や脳神経を圧迫して、何らかの症状が出ている場合には、クリッピングで動脈瘤をしぼませた方が良い場合が出てくる。 それ以外の外科的処置侵襲性の低いコイリングが万能ではないように、侵襲性の高いクリッピングも万能ではない。 例えば、脳動脈瘤の根本の部分が非常に広いとか、脳動脈瘤の形状が著しく不整である場合などである。その場合には、動脈瘤に血液を送り込んでいる動脈を閉塞させて、動脈瘤に血圧が付与されないように、いわゆる「親動脈近位部閉塞術(トラッピング)」を行う。ただし、それでは動脈血の供給が絶たれた脳組織に深刻な影響が出ると判断された場合には、血管の移植なども同時に行って、閉塞させた箇所をバイパスする新たな血行路を作成する。 なお、トラッピングすら困難な場合は「動脈瘤被包術(コーディング術、ラッピング術)」などを考慮する。 外科的処置のアフターケアいずれの方法で治療を行ったとしても、例えば、コイリングなら治療後も不完全閉塞や再発などについての経過観察が必要である。また例えば、クリッピングの場合でも、それが完全に成功したとしても、再発や新生にて、クモ膜下出血が20年間で12%認められるため、経過観察は必要である。したがって、治療を行ったとしても、取り除けるリスクである禁煙などは、継続する。 未破裂脳動脈瘤の治療方針の決定法日本の『脳卒中ガイドライン2009』『脳ドックガイドライン2008』によれば、以下が推奨されている。
クモ膜下出血の対応→詳細は「クモ膜下出血」を参照
脚注・出典
参考文献
関連項目 |