第一中央汽船株式会社(だいいちちゅうおうきせん)は、外航海運、内航海運や海上輸送を行う日本の準大手外航海運会社[1]。
1960年、第一汽船と中央汽船の対等合併で誕生した企業。2015年9月29日に東京地方裁判所に民事再生法適用を申請した[1](同時申請の子会社は100%子会社である STAR BULK CARRIER CO.,S.A.)。(2016年8月31日民事再生手続き終結)
概要
民事再生法適用前は商船三井(旧大阪商船=住友系列)の持分法適用関連会社であり、合併後から近年まで「住友グループ広報委員会」のメンバーだったため、住友系各社とは緊密な関係にあった。かつては旧住友金属工業(旧中央汽船の元親会社)の持分法適用関連会社でもあった。石炭や鉄鉱石などを運ぶバラ積み貨物輸送が事業の中心で、近年は中国の資源需要の増大を背景に運行隻数を拡大してきたが、資源安に加え、その中国の経済低迷といった逆風を受け業績が悪化。特にリーマン・ショック以降、ケープサイズの海運状況が急激に悪化し、自社所有の船舶の割合の少なさから、スポット契約によるリスクを大きく受けることとなった。2009年3月期は1625億円の売上に対して36億円の最終赤字、2010年3月期は1007億円の売上に対して37億円の最終赤字となった。1074億円の借入金の返済が不可能となったため2015年9月29日に民事再生法適用に至った[2]。
沿革
- データは主に同社公式の沿革ページを元にしている。
旧中央汽船
- 1892年2月(会社創業) 別子鉱業(のち住友鉱業、現住友金属鉱山)が船舶部を新設、所有船・御代島(みよしま)丸を貨客船として新居浜-尾道間にて運行開始。
- 1942年5月 住友鉱業船舶部ほか旧住友系を中心に船舶業者13社の大合同(戦時後期の企業合同)を実施、中央汽船運航株式会社(新居浜市に設立)となる。[注釈 1]
- 1946年5月 中央汽船へ社名変更。
- 1960年 第一汽船と合併、存続会社となる。
旧第一汽船
- 1933年9月 旧神戸市に会陽汽船として創業・会社設立(その後、大阪商船の資本介入あり)。
- 1947年12月 日本における正式社名の由来で、なおかつ英名表記の社名となるファーストシッピング[注釈 2]へ社名変更。
- 1949年10月 第一汽船へ社名変更。
- 1958年10月 新設子会社・第一船舶(現第一中央内航)へ船舶事業の一部を継承。
- 1960年 中央汽船と合併(被合併)、会社解散。
第一中央汽船
国内外の拠点
- 国内
- 本社事務所(東京都港区)
- 和歌山出張所
- 鹿島出張所
- 海外
- Daiichi Chuo Shipping (America) Inc.
- Daiichi Chuo Shipping (Singapore) Pte.Ltd.
- Daiichi Chuo Shipping (China) Limited
- 上海事務所
- マニラ事務所
- ベトナム事務所
- Daiichi Australia Pacific
- Daiichi Chuo Shipping (India) Private Limited
脚注
注釈
- ^ なお、この時点で住友金属工業の実質傘下に入る。このため、実質的に住友グループの主力海運業となった。
- ^ 現在は日本名をローマ字表記(※但し欧米英語準拠)にしたものを英文表記の社名としている。
出典
外部リンク