白幡天神社
白幡天神社(しらはたてんじんしゃ、しらはたてんじんじゃ)は千葉県市川市菅野にある神社。 歴史1180年(治承4年)、源頼朝が安房国に旗揚げしたとき、菅野の地に白旗を揚げたことから白幡宮と名付けられたと伝えられる[1]。その後、1584年(天正12年)正親町天皇の代に本殿再建の記録がある[2]。1871年(明治4年)に菅原道真を合祀してから、社名に「天」の字が加えられ、白幡天神社と呼ばれている[1][3]。現在の本殿は、1880年(明治13年)に造営され、拝殿・幣殿は1961年(昭和36年)に造営された[2]。(なお、太田道灌が社殿を造営したとの説もある[4]。) 境内拝殿・本殿本殿は1880年に造営されたものが現存しており、拝殿と幣殿は1961年に造営されたものである[5]。 境内社境内には以下の5つの社が存在する。
文化財その他柴田是真による画連句額は2006年に千葉県指定文化財として指定されている[6][7]。 2010年には境内に永井荷風と幸田露伴の文学碑が建立された[9]。永井、幸田ともに晩年に白幡天神社近くに移り住み、作品の中でも白幡天神社の様子を記している。永井、幸田ともに晩年には白幡天神社近くに移り住んでいたことによる。永井荷風文学碑には「断腸亭日乗」からの引用が記され、幸田露伴文学之碑には娘の幸田文の著作「菅野の記」に白幡天神社の描写があることが示されている[9]。また、幸田露伴の葬儀は白幡天神社で執り行われた[10]。 市川市保存樹木協定第制度による保存樹木があり、樹木板[11][12]によると、椋の木で、市川市保存樹木協定第91号、幹回り3.00m・樹高10.0m、協定者は白幡天神社である。 年中行事
交通アクセス関連項目西久保弘道 - 1928年(昭和3年)白幡天神社境内に青年会館を建設[19]
ギャラリー出典
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