浦添御殿
浦添御殿(うらそえおどん、沖縄語: うらしーうどぅん)は、尚穆王の次男・尚図、浦添王子朝央(1762年 - 1797年)を元祖とする琉球王族。第二尚氏の分家で、代々浦添間切(現:浦添市)の按司地頭を務めた琉球王国の大名。 一世・朝央は尚穆王、尚温王の摂政を務めた。三世・朝熹も尚育王、尚泰王の摂政を務めている。また、朝熹は沖縄三十六歌仙の一人としても知られる著名な歌人である。四世・朝忠は分家に当たる向氏奥武殿内からの養子で、廃藩置県後は脱清して独立運動を展開した頑固党の人物。浦添御殿の墓(浦添市沢岻公園内)は、浦添市内最大級の亀甲墓で市の史跡に指定されている。 系譜
参考文献
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