池田長泰
池田 長泰(いけだ ながやす)は、江戸時代前期の備前国岡山藩の家老。通称は下総。建部池田家(森寺池田家)5代当主。 略歴寛永3年(1626年)、備中国松山藩主・池田長幸の四男として備中松山で誕生。 岡山藩家老の叔父池田長政の養子となり、寛永12年(1635年)に家督相続、建部1万4000石の領主となる。寛永18年(1641年)、実家の松山藩が、藩主の長兄長常が没し末期養子を認められず改易となる。三兄長信は1000石を与えられ旗本となった。 明暦3年(1657年)2月26日没。享年32。家督は嫡男宗春が相続した。正室の森昌院は、宝永4年(1707年)12月6日に84歳で没している。 系譜
参考文献
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