柳沢遺跡
柳沢遺跡(やなぎさわいせき)は、長野県中野市大字柳沢字屋敷添にある遺跡。東日本で初めて発見された、一括埋納の銅鐸・銅戈などの弥生時代遺物212点が、2014年(平成26年)8月21日に国の重要文化財に指定されている[1]。 概要2007年(平成19年)10月、長野県埋蔵文化財センターが国土交通省千曲川河川事務所の計画した堤防整備工事に先立って実施した発掘調査で銅鐸を発見した。2006年(平成18年)から2008年(平成20年)にかけての発掘調査(築堤地点)で、縄文時代・弥生時代・平安時代の集落跡が見つかった。特に、弥生時代に埋納された銅鐸や銅戈が出土し、全国的に注目を集めた[2][3]。同センターは2020年(令和2年)現在も発掘調査を継続している。 立地と遺跡範囲千曲川の東岸、夜間瀬川との合流点の北側に広がる。範囲は南北800メートル、東西600メートルである。 文献に記された柳沢遺跡『下高井郡誌』1922年(大正11年)刊、『下高井』(昭和28年)、『中野市誌』1981年(昭和56年)刊、『柳沢区誌』1992年(平成4年)刊などに出土遺物・古墳の記述がある。 柳沢遺跡の発掘調査
築堤地点の調査成果(弥生時代について)主な遺構(弥生時代)
主な遺物(弥生時代)青銅器など弥生時代の遺物が重要文化財に指定された。 青銅器埋納抗と銅鐸・銅戈
県道地点の調査成果(弥生時代について)
脚注
参考文献
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