『朝から夜中まで』(あさからよなかまで)(原題:Von morgens bis Mitternacht、英語: From Morn to Midnight)は、1912年のゲオルグ・カイザーの戯曲『朝から夜中まで(英語版)』を基にカール・ハインツ・マルティンが監督した1920年のモノクロ無声のドイツの映画。
『カリガリ博士』に続くドイツ表現派映画の代表作品である[2]。
ストーリー
キャスト
スタッフ
製作
ドイツ表現主義の代表劇な劇作家として知られるゲオルグ・カイザーが、第一次世界大戦前の1912年に執筆し、大戦中の1917年にベルリンのドイツ劇場で初演された同名の舞台劇を映画化した作品である。『カリガリ博士』で確立した映画における表現主義の手法をカール・ハインツ・マルティン監督はさらに徹底させ、大胆に実践している。マルティン監督の映画『変転』の美術を手掛けたロベルト・ネパハが、舞台劇の『朝から夜中まで』の装置を参考にして考案した美術は、『カリガリ博士』よりも一段とデフォルメされて抽象的になり、出演者の演技と衣裳やメイクもさらに誇張され、全編に独特の異様な雰囲気を漂わせている[2]。
公開
- 戦前のドイツでは一般公開されず、検閲通過が1921年8月15日とした記録があるのみである[3]。
- 日本では、1922年12月3日に本郷座で一般公開された他、小規模での上映のみであった[2]。
- 1922年にミュンヘンで行われた試写会は、映画館を探すためのプロモーションだったが、上映しようとする映画館は見つからず、その当時のドイツでは一度も公開されることがなかった。(中略)第二次大戦後、この映画は日独どちらいおいても、焼失したものと見られていた。しかしフィルムのコピーが日本で発見され、1959年に東京国立近代美術館フィルムライブラリー(現・フィルムセンター)で不燃コピーが作成された。そのひとつを東ドイツが1962年に入手し、翌年に東ベルリンのCAMERA館で上映された。これが、この映画のドイツでの最初の一般公開であったとされる[4]。
批評
- 1923年に当時、創刊3年目の新春を迎えたキネマ旬報の海外映画批評欄では、「恐らく今日迄に紹介せられたる表現派映畫中最良のものであり且表現派の使命をよく表して居る映畫ではあるまいかと思ふ。(中略)「カリガリ博士」でも叉 「ゲニーネ」 でも□□(欠字)は運びはまだるつこしい気がした。マルティン氏の監督は生々して居る。鋭い所が到る所に示されてゐて而して無駄が少しもない。(中略)兎に角、此映畫は記憶さる可き映畫である。そして叉是非とも一見すべき名畫である」と絶賛されている[5]。
脚注
- ^ a b c 丸尾定『映画史上ベスト200シリーズ・ヨーロッパ映画200』、キネマ旬報社刊、1992年5月30日発行(18-19ページ)
- ^ 『映画史上ベスト200シリーズ・ヨーロッパ映画200』、キネマ旬報社刊、1992年5月30日発行(12-13ページ)
- ^ “表現主義映画『朝から夜中まで』”. 獨協大学 (2024年6月12日). 2024年8月28日閲覧。
- ^ 『キネマ旬報』第121号、キネマ旬報社刊、1923年1月1日発行(31ページ)
外部リンク