宝蓮院 (徳川宗勝正室)宝蓮院(ほうれんいん、1710年11月22日(宝永7年10月2日) - 1730年5月8日(享保15年3月22日)[1])は、江戸時代中期の女性。後の尾張藩第8代藩主・徳川宗勝の正室。父は徳川吉通。別名は三姫。 生涯父は尾張藩第5代藩主の徳川吉通。母は側室の尾上(清水院)[2]。 1728年(享保13年)9月15日、徳川宗勝(当時は友相と名乗る)の正室となり、1730年(享保15年)3月15日に長男(萬彌)を出産[3]。しかし、その7日後に三姫は死去[1]。法号は宝蓮院殿澂誉浄心智泉大姉[4]。 脚注
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