大石真大石 真(おおいし まこと、1925年12月8日 - 1990年9月4日)は、日本の児童文学作家。 来歴・人物埼玉県北足立郡白子村(後に和光市へ合併)出身。父は医師で、「大石医院」を営んでいた[1]。白子尋常小学校に入学後、豊島区の西巣鴨第五尋常小学校に転校。同級生に童話作家の松谷みよ子がいる。 戦争を嫌い、兵役を逃れるために科学の道を志し、早稲田大学の理系学部に1945年入学。1947年、第一文学部英文学科に編入[2]。早大童話会に入会し[1]、坪田譲治のコネにより小峰書店で編集のアルバイトをしつつ大学生活を送り、1950年に大学を卒業すると小峰書店の正社員となった[2]。1951年7月、早大童話会から派生した「びわの実会」の旗揚げに参加し、創作活動に専念。これら3団体の後輩に寺村輝夫がおり、童話会時代寺村の作品を初めて誉めたのは大石である。寺村によると「童話会では一番の読書家だが、字も一番汚かった」との事。大石と寺村はその後、生涯と通して親友となる。他に同会では今西祐行、前川康男、竹崎有斐と親交が深かった。 1953年、早大童話会20周年記念号「童苑」に掲載された短編『風信器』で第3回日本児童文学者協会新人賞を受賞[1]。 童話作家として一本立ちしてからは、東京都昭島市に長らく住む。出身地である和光市の白子コミュニティセンターには、直筆原稿や遺品などの資料が展示されている[3]。 主な作品大石真童話全集ポプラ社より1982年に発売され、挿絵は村上豊が全巻担当。同時に「寺村輝夫童話全集」も発売され、巻末解説ではお互いが寄稿し合っている。現在絶版。
北田卓史挿絵作品→詳細は「北田卓史」を参照
その他
脚注
関連項目
|