吉野高善
吉野 高善(よしの こうぜん、1898年(明治31年)5月15日 - 1965年(昭和40年)11月4日)は、八重山民政府の政治家で、八重山民政府知事を務めた。沖縄県八重山郡竹富町小浜島出身。 経歴明治31年生まれ。沖縄県立第二中学校を経て台北医学専門学校を卒業する。 その後、昭和2年(1927年)に帰島し、石垣島で医院を開業した。 沖縄戦後は、八重山自治会の副会長に選出され[1]、続いて八重山支庁の衛生部長に就任する。その後、米軍によって八重山民政府の知事に任命される。 1950年の八重山群島知事選挙では、安里積千代候補に敗れた。 脚注
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