友田二郎友田 二郎(ともだ じろう、1891年9月10日[1][2] - 1969年2月5日[3])は、日本の外交官。 兵庫県会議員や但馬銀行監査役を務めた友田一郎(友田酒造工場主[4])の弟[2][5]。妻・盛子は子爵・曾我祐邦の二女[2][5]。長女・二三子(1927年~2023年)は鳥取滋治郎の妻。二三子の長女・憲仁親王妃久子は孫である。 略歴兵庫県城崎郡日高町江原(現・豊岡市)出身。俊蔵の二男[1]。東京外語卒業[1]。1915年、外務省に入る[6]。終戦直後に退官した[6]。 1939年には、フランス共和国レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章した[7]。義父の曾我祐邦もレジオン・ドヌール勲章コマンドゥールを受賞している[7]。 その後外務省研修所講師、宮内庁式部官を兼任した[6]。1966年、勲三等瑞宝章を受賞した[6]。 人物宗教は仏教[1]。「国際儀礼の大家」とも呼ばれ[7]、著書に『国際儀礼とエチケット』がある。 脚注
参考文献
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