前橋八幡宮
前橋八幡宮(まえばしはちまんぐう)は群馬県前橋市本町にある神社。旧社格は県社。前橋の総鎮守とされる[1][2]。 概要『前橋風土記』によれば、貞観年間に在原業平の苗裔、業重朝臣の子孫(長野氏の先祖)が奉祀したものという[3]。社伝では貞観年間に男山八幡宮(石清水八幡宮)を勧請したとされ、上野国府の在庁官人に在原氏の名が見えること、国府所在地が元総社町であること、東山道が近隣を通ることなどから、上野国府八幡として勧請されたものとも考えられる[4]。 永禄10年(1567年)に兵火に遭う[6]。北条高広の元亀2年(1571年)の寄進状、平岩親吉の天正19年(1591年)の寄進状、酒井重忠の慶長7年(1602年)の寄進并諸役免許状など、戦国時代から江戸時代にかけての前橋城主の書状が残る[2]。 昭和20年(1945年)8月5日夜の前橋空襲で社殿は全焼し、社殿脇のイチョウの木にも火が燃え移ったが枯死は免れた。 文化財前橋市指定重要文化財[8]
脚注参考文献
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