利用者:Eugene Ormandy/sandbox22 名曲喫茶クラシック
名曲喫茶クラシック(めいきょくきっさくらしっく)とは、東京都中野区に存在した名曲喫茶である。 概要クラシック音楽を店内で流していた喫茶店で、コーヒー1杯で何時間でも過ごすことができた[1]。7000枚のSP、20000枚のLPを所蔵しており[2]、チョークで黒板に曲目を書くことで、リクエストが可能であった[3]。 歴史1908年に熊本県に生まれた美作七朗は、もともと画家であり、美術の教師をしていたが、さらなる絵画の勉強を志し単身上京した[4]。上京後の七朗は、銀座にあった「ダット」という喫茶店で友人たちとよく芸術談義に花を咲かせていたが、金のない学生が長時間粘るということで店側には嫌な顔をされていた[4]。そこで1930年、仲間が気兼ねなく集まれる場所を作ろうと思い立った七朗は、高円寺に名曲喫茶「ルネッサンス」を開いた[2][5]。店の稼ぎだけでは生活できなかったので都庁に就職し、その稼ぎを店に使った[4]。戦時中は店名を「古典」と変えて営業したが、経営が厳しくなり一時休業した[2]。1940年の空襲により店は焼失したが、別の場所に保管してあったレコードは無事であった[2][4]。七朗は1943年に都庁を退職し、1945年には店を中野へ移して「クラシック」の名で再び店を開いた[2][4]。戦後の混乱でコーヒーが手に入らなかった時期は、日本茶と干し柿を出したり[4]、学生運動の時期には学生たちの議論・喧嘩の場になったりした[4]。また、七朗はブロック積みや左官作業などを大工たちとともにこなし、1964年には3階にアトリエを造った[6]。七朗は1989年に死去したが、一人娘の良子が店を継いだ[2]。独身だった良子には後継者がいなかったため、良子の死後、2005年1月に閉店した[1][7][8][9]。 外装中野北口のショッピング・アーケードと中野サンプラザに抜ける道の間に挟まれた横丁にあり、商業ビルに囲まれていた[3]。 建物は三階建の木造建築であり[3]、南欧風の白壁に、スレート屋根風の外観で、上方には船の舵輪や時計などが飾られていた[10]。また、入口脇には「60年かわらないコーヒーです」という札書きがあった[6]。建物自体は1916年に造られたもので、クラシックの前にも喫茶店が入っていた[4][11]。 内装暗い店内の中央には吹き抜けがあり、オレンジ色のランプに照らされた2階は回廊式の談話室兼、七朗のアトリエであったため、じっくり聴きたい客は1階へ、おしゃべりをしたい人は2階へと自然と分かれていった[12][13][4][11]。木製のテーブルにはレザーの椅子が並べられ、壁には七朗のジャケットとハンチング帽と共に、七朗作の油絵、さらには世界中を旅して集めた数多くの時計がかけられていた[10][12][14][15]。なお床は木とレンガでできていて、2階の床は傾いていた[10]。客たちもこれらの内装に愛着を抱いており、七朗の娘の良子が大工を呼んで店の手直しをしたりした時や、店のランプ、時計、人形などのホコリを拭き取ったりした時にも苦言を呈した[16]。 七朗は安い喫茶店を実現するべく、「貧乏器用」を掲げて店内の様々なものを自作した[10][17]。レンガの床や間仕切りにストーブ、さらにはスピーカーボックスから真空管アンプまで自分で作っていた[10][2][17]。なお、ビクターの古いポスターを真似て自作した蓄音機のラッパ部分は洗面器で[11][12]、竹の針を使ってSPレコードを聞かせていた[2]。七朗は「金針だと100回以上かけると音が汚くなる」と語っており、ほうきの枝などに使われる真竹を三角形に切って椿油につけておいたものを針として用いた[17]。この響きに惹かれ、かけて欲しいレコードを持参する者もいた[18]。また、店の音響に興味を持った客には、真空管アンプの作り方やスピーカーの組み立て方を教えた[6]。 なお、店内には猫が住み着いており、ソファの下で子どもを産んだこともあった[5]。 メニューメニューはコーヒー、紅茶、ジュースのみで、食券制であった[10][11]。創業当時から変わらぬサントスとモカのブレンドコーヒーは[19]、色が濃くアクも強かったことから、タバコの銘柄になぞらえて「ハイライトコーヒー」と呼ばれていた[7]。また、ジュースは粉末ジュースであった[12]。食べ物は提供していなかったが、持ち込みは自由であった[3]。七朗は「インテリは本や映画にお金を使うので、高いコーヒーは飲めない」と語っており、音楽を本当に聴きに来る客を集めるために安価な値段設定としつつ[17]、「金持ちも貧乏人も共に音楽と会話を楽しめる店」を理想としていた[3]。1987年には年間の売り上げが最低となり、さらには地価高騰による赤字に苦しんだが、値上げはしなかった[20]。この時の取材に対し七朗は「平日だと100杯も出ない。前の石油危機の時は、世の中と逆に、売り上げが増えたのに」と語った[20]。 1つあたり6円で譲り受けていたマヨネーズの蓋をミルク入れとして、さらには1つあたり10円で譲り受けていたワンカップ大関の瓶をグラスとして使用していた[11]。以前は1つあたり100円以上した金属製のミルク入れを用いていたが、2階で無くなる事態が多発したため、マヨネーズの蓋に変更した[17]。ただし、2004年時点の記事では、このマヨネーズの蓋は使われていない[21]。また、置きタバコは七朗が好んだ「わかば」のみであった[10]。 なお、1日あたりの来客数は100人を目標としていたが[11]、1989年の時点で七朗は「昔は雨の日は満員だったが今はガラガラ」と述べている[19]。
著名な常連客・五木寛之 - 『風に吹かれて』収録のエッセイ「私たちの夜の大学」では〈K〉の名で登場した[2][22]。五木はクラシックにて初めてプロコフィエフの『キージェ中尉』を聴き、埴輪雄高が著した『不合理ゆえに吾信ず』という本を教えられた[22]。 ・園子温 - 映画『部屋』ではクラシックを撮影場所として利用した[5][23]。 ・大槻ケンヂ[5][24] - 1994年9月15日から10月16日にかけて東京ファッション協会が銀座で主催した写真展「私の好きな東京」において、日本大学有志が撮影したクラシックの写真を推薦した[25]。 影響名曲喫茶ヴィオロンと名曲喫茶ルネッサンスは、クラシックから大きく影響を受けている。 名曲喫茶ヴィオロン電気街秋葉原での就職を目指し、佐賀県から家出同然で上京した高校生の寺元健治は、1969年よりクラシックに通い始め、同じ九州出身の七朗と交流を深めた[4]。その後クラシックの片隅に居候し始め、朝昼晩の食事も七朗から提供される中で、店のアンプやスピーカーを修繕したり造ったりした[4]。ただ、「店員は全員女性」と決まっていたため、寺元は店員にはならなかった[5]。寺元は七朗の勧めに従って大学に進学し、卒業間際にはヨーロッパを旅して様々なコンサートホールを周り、耳を鍛えた[4]。帰国後は就職をするも、やはり七朗の勧めに従い、1980年、27歳の時に名曲喫茶ヴィオロンを阿佐ヶ谷に開いた[4][27]。店内では七朗がデザインしたマッチが使われているほか、七朗が描いた油絵が飾られている[1][28][29]。また、クラシックと同様、食べ物の持ち込みを許可している[4]。ヴィオロンも開いてからも、定休日には互いの店に顔を出し合った[5]。 クラシックが閉店した際には、店内の一部をヴィオロンに移築し、壁掛けやランプ、椅子を一番奥の席に設置した[30][5]。なお、その椅子は、寺元がクラシックで初めて座った椅子であった[1]。 名曲喫茶ルネッサンス名曲喫茶ルネッサンスは、クラシックの閉店後にレコードや調度品を預かっていた従業員の檜山真紀子と岡部雅子が、それらをもとにして2007年に高円寺に開いた店である[1]。真空管アンプこそ長時間使えるように買い替えたものの、什器やレコードはクラシックのものを利用している[31]なお「ルネッサンス」は、クラシックが当初高円寺にあった時の名称である[1]。 ヴィオロンと同様、店内には七朗の作品が点在しており、七朗作の絵画や美作親子のポートレートが飾られているほか、七朗作のザルを使った照明が用いられている[1]。また、作品の展示以外にもクラシックの影響は垣間見られ、ワンフロアの店内にあえて段差を設けることで、二階建てであったクラシックをイメージしているほか、クラシックのルールを踏襲して、注文は入り口で行うシステムを採用しつつ、会話および食事の持ち込みを許可している(飲み物の持ち込みは不可)[1][7][32][33]。さらには、クラシックで使われていたリクエスト用の黒板とレコードリスト、そして手書きのメニューもそのまま利用している[5][7]。 なお、クラシックの作品だけでなく、借金も丸ごと引き継ぎ完済している[7]。 美作七朗作品展2017年9月8日から2018年3月25日にかけて、美作七朗の生誕110周年を記念した作品展が名曲喫茶ヴィオロン、名曲喫茶ルネッサンス、名曲喫茶でんえんの3店で同時開催された[34][35][36]。株式会社山中修復工房の山中和人がプロデュースを担当し、絵葉書と中野クラシックのDVDが販売された[34]。また、この作品展に向けてヴィオロンの寺元は、七朗の作品に少しずつ修繕の手を加えていった[5]。 営業時間12:00~21:30 (月曜定休)[2] 冷房代を節約するために8月は休業していた[7] 関連項目名曲喫茶ライオン - 東京都渋谷区の名曲喫茶 名曲喫茶らんぶる - 東京都新宿区の名曲喫茶 名曲喫茶ミニヨン - 東京都杉並区の名曲喫茶 名曲喫茶ヴィオロン - 東京都杉並区の名曲喫茶 名曲喫茶ルネッサンス - 東京都杉並区の名曲喫茶 脚注
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