利用者:Cyclops/特別書庫-12
神使(しんし[1][2][3][4]、じんじ[3])とは、神道と、神仏習合後の神道および仏教などにおいて、神(神道の神および仏教の天部など)の使者(使い)、もしくは、神の眷属(眷属神)のことであり、神意を代行して現世と接触する者と考えられる特定の動物を指す。神の使い(かみのつかい)[1]、使わしめ(つかわしめ)[1][2][3]などともいう。なかには、稲荷神のように、神そのものと考えられるに至った神使もある。 概説神使と見なされる動物は分類上幅広く、日本の本草学でいう[* 1]、毛蟲(=獣類)・羽蟲(=鳥類)・鱗蟲(=鱗のある動物=魚類と蜥蜴類)・介蟲(甲蟲、=亀類、貝類、甲殻類)・虫(=昆虫類などその他諸々)、分類学でいう脊椎動物(哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類)・無脊椎動物(軟体動物、節足動物、その他)から、想像上の動物まで多種多様である。 特定の動物が神の意志を伝えるという説話は日本神話の中にも見られる。『日本書紀』の「景行天皇記」には、伊吹山の荒神が大蛇に化身してヤマトタケル(日本武尊)の前に現れたのを、ヤマトタケルは「大蛇は荒神の使いだろう」と言ったという記述がある。同じく『日本書紀』の「皇極天皇記」には、猿を「伊勢大神の使」として、その声で吉凶を判じたという記述がある。また、同じく「崇神天皇記」では、大物主神自身が蛇の姿で妻問いに訪れるくだりがある[* 2]。 時代が下ると、神使とされる動物はその神の神話における記述や神社の縁起に基づいて固定化されるようになり、その神社の境内で飼育されるようにもなった。さらには、稲荷神社の狐のように、本来は神使であるものが神そのものとして祀られるようにもなった。これは、神とは無関係にその動物自体が何らかの霊的な存在と見られていたものと考えられる。 神を主とする神使は、その神を祀る全ての寺社で信仰される場合が多いが、個々の寺社における縁起にちなんで神使になったものもあり、そういった場合は個別の寺社あるいはその系列下の寺社でのみ信仰される。 神使の呼称神使とされる動物は、「神… + 動物名」という形で呼ばれる場合も多く、例えば、猪は神猪(しんい)、烏と八咫烏は神烏(しんう)、猿は神猿(しんえん。日吉神社では「まさる」と読む)、鶏は神鶏(しんけい、じんけい)、狐は神狐(しんこ、じんこ、古語では「ミケツ[* 3]」。神としては稲荷神、古くは「ミケツカミ」)、牛は神牛(しんぎゅう)、兎は神兎(しんと)、鳩は神鳩(しんばと、かんばと、しんきゅう)、神馬(しんめ、じんめ)、鹿は神鹿(しんろく)である。 なお、鼠の場合は、福の神である大黒天の使いであることから、福鼠(ふくねずみ)と呼ばれる。 神使の一覧神使の、動物としての分類、神使の主、主たる神を祀る寺社、それらの代表的なものをここに記載する。 脚注注釈
出典
参考文献
関連項目編集メモ
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