別所砂留
別所砂留(べっしょすなどめ)は、広島県福山市芦田町福田にある、芦田川水系五入道川流域に建設された複数の砂防堰堤である。江戸時代中期から後期にかけて当地を治める備後福山藩により構築(普請)され、ほぼそのままの状態で現存している。うち大規模な14基を含め大小さまざまな形態の砂留が三十数基以上良好な状態で現存している貴重な土木遺産と認められ、2015年に土木学会選奨土木遺産選定。古文書で存在は知られていたが長らく所在が確認されていなかった。2009年に入り地元住民が発見してから調査研究が行われ、現在では「別所砂留を守る会」が中心となって保全活動を行っている。曰く「福山のマチュ・ピチュ」[1]。 背景「別所」は、荘園とは別に新たに作られた集落・農地を意味する[2]。五入道川は、福山市中心部から西にある芦田町福田岩角山を源流とし、北流した後、芦田町福田中心部を流れる芦田川支流・有地川に合流する、芦田川の二次支流である[3]。流域面積約0.2 km2 [3]。この砂留はその最上流部に存在し、砂留のある地は「ひな浦山」とよばれ、ひな浦は山の北側斜面を意味するという[2]。あるいは「十三ヶ所」「十三ヶ瀬」と呼ばれているという[1]。 福山藩では1700年代以降農地を土砂災害から守る目的として砂留が各地に造られた(福山藩の砂留)[1]。その多くが花崗岩とその風化残留土であるマサ土による土砂災害対策として造られたのに対して、別所砂留周辺の地質は粘板岩が主で[4]表層は粘土である[5]ことに大きな違いがある。 歴史→「福山藩の砂留 § 歴史」も参照
普請きっかけは江戸中期、この地を干害・冷害・虫害などが襲ったことから農地確保のため土砂流出を防ぐ砂留が設置されたという[2][5]。 別所砂留に関する歴史資料は芦田町福田旧庄屋の『國頭家文書』でほぼ構成されている[1]。2016年現在発見されたもので享保7年(1722年)に工事中の記録が残っているため、少なくともこの時期にはある程度完成していた可能性が高いとみられている[2]。なお土木学会推奨土木遺産選定時点では宝暦14年(1764年)13基あったとする古文書が最古であり、のちに1722年の古文書が発見された。以下、2016年現在でわかっている記録を列挙する。
江戸時代は砂留の背後地を水田として用いていたという[1]。大正時代以降は水田利用は止められ牛の放牧地として利用していた[1]。確認できる過去の気象データでは、大きな被災記録は残っていない[1]。 保全活動別所砂留は史料にはあったが全容は把握されていなかった。2009年に芦田町福田の住民が調査を行い、福田の史跡探訪の会が整備を始め、のちに「別所砂留を守る会」が設立され、地域住民や市内外の人々も参加し美化活動が行われてきた[1][8][9]。 2015年に福山市初の土木学会選奨土木遺産に選定されている[9]。2016年には別所砂留を守る会が土木学会市民普請大賞2016でグランプリを受賞している[9]。登山道の砂利の搬入や登山道整備、U字溝の設置なども別所砂留を守る会によって行われている。近隣の大学生も協力している。 構造現在砂留は全部で36基確認されている[3]。うち、下流区間の1番砂留から14番砂留が比較的規模が大きく、また、大小さまざまな形態の砂留が一渓流に三十数基以上良好な状態で現存している貴重な土木遺産として土木学会選奨土木遺産に選定されている[3]。上流区間の15番砂留から36番砂留は規模が小さい[3]。そのほとんどが江戸時代に造られた当時のままで現存している[1][7]。 使用されている石材は溶結凝灰岩で、同地で調達したと推定されている[3]。福山の代表的な砂留である堂々川砂留群との大きな違いは、別所砂留は水通しの部分にのみ石張が施されている点にある[3]。2016年現在砂留の構造形式は4つに分類されている(福山藩の砂留#構造参照)が、別所砂留は構造1の石張り土堰堤(土砂止)形式・構造2の石塊段積(鎧積)堰堤形式・構造4の石壁(石垣)堰堤形式が単一あるいは複合型で存在している[3]。特に水通しが急勾配になっている所は構造4の石壁、緩勾配が構造1の土堰堤の複合型砂留となっているものが複数存在している[3]。これは嵩上げ・増築を当初とは違う形式で行ったため複合化したものと推定されている[3]。ただ2016年現在内部発掘調査が行われていないため[1]、新たな構造形式が発見される可能性がある。 以下、土木遺産に選定されている14基の諸元を列挙する[7]。
ギャラリー
アクセス福山市中心部より福山市道下有地御幸幹線を西に進み、福山市立動物園手前に「別所砂留」の案内看板がある[12]。それを道なりに1㎞進むと広い駐車場がある[12]。駐車場からは案内看板が整備されている。駐車場から途中、イノシシ除けのゲートがあるが、開閉は自由。しばらく進むと山中に小型車が2台ほど停めれる狭い駐車スペースがある。その駐車スペースの沢の上流にも35番と36番の砂留があるが未整備。駐車場から徒歩704mで1番砂留があり、以後数十メートルおきに8番までの砂留が現れる。MTBなら8番砂留まで登ることが出来る。8番砂留の上に広場があり、かつてそこから登山道が分岐していたが、現在は安全確保のために9番砂留からの分岐に変更されている。1-14番砂留は登山道が整備されており軽装で登ることが出来るが、15番砂留以降は未整備で草木に埋もれており通路も無い。 特記事項
脚注
参考資料
関連項目
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