伊藤三郎 (競泳選手)伊藤 三郎(いとう さぶろう、1915年7月18日 - 1978年1月19日)は、日本の競泳選手。現役時代の種目は平泳ぎで、明治大学在学中に1936年ベルリンオリンピック日本代表のひとりとなり[1]、男子200m平泳ぎ決勝で2分47秒6のタイムを出し[2]、5位に入賞した[3]。 経歴静岡県磐田郡豊浜村(後の磐田市の南東部)出身[1]。中泉農学校(後の静岡県立磐田農業高等学校の前身)から、明治大学に進んだ[4]。 1938年に明治大学を卒業し、昭和製鋼所に入社と報じられた[5]。 1941年、陸軍少尉となっていた伊藤は、第23軍第38師団の一員として香港島の戦いに参加した[6]。そして、12月22日、戦闘中に銃創を負ったと報道された[7]。 明治大学水泳部監督、日本水泳連盟常務理事、埼玉県水泳連盟副会長を歴任。 1978年1月19日、膀胱がんのため62歳で死去した。 脚注
外部リンク
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