仁保進
仁保 進(にほ すすむ、1890年(明治23年)12月26日[1] - 1981年(昭和56年)5月10日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。 経歴・人物熊本県出身[1][2]。1912年(明治45年)陸軍士官学校第24期卒業、陸軍歩兵少尉に任官[1][3]。 1939年(昭和14年)9月に第8国境守備隊第3地区隊長、1941年(昭和16年)3月に陸軍歩兵大佐、1944年(昭和19年)4月に第57歩兵団長(第5方面軍、第27軍)に任官し、千島第1集団長として出動[1][2]。1945年(昭和20年)6月に陸軍少将に進む[1][2]。 翌月、独立混成第129旅団長(第5方面軍)に任官し、得撫島の警備に当たる最中、終戦を迎えた[1][2]。 1948年(昭和23年)1月31日、公職追放仮指定を受けた[4]。 栄典脚注参考文献
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