井口幸雄
井口 幸男(いぐち ゆきお、1911年9月19日 - 1993年3月8日)は、日本の男子重量挙げ選手・指導者。岡山県出身。 概要1936年(昭和11年)5月31日、東京都で開催された第1回全日本ウエイトリフティング選手権大会で最軽量級で優勝した[1]。 1950年10月29日、第5回国民体育大会重量挙げフェザー級決勝では、プレス92.5、スナッチ87.5、ジャーク120.0、合計300.0と全て当時の日本記録を更新して優勝している[2]。 1951年にニューデリーで開催されたアジア競技大会では3位となった。これは日本の重量挙げにおける初の国際大会である[3]。 1960年のローマ・オリンピックではウエイトリフティングの監督を務めた。 1921年から1937年まで全日本ウエイトリフティング協会の理事長を務め、1938年から1949年は副会長を務めた。 武道家の大山倍達との親交があったとされる。 出典
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