ロテノン
(2R ,6aS ,12aS )-2-イソプロペニル-8,9-ジメトキシ-1,2,6,6a,12,12a-ヘキサヒドロクロメノ[3,4-b]フロ[2,3-h]クロメン-6-オン
識別情報
CAS登録番号
83-79-4
KEGG
C07593
C[C@@]([C@@H] 4OC3=CC=C(C(O5) =C3C4)C([C@@]([C@]5 ([H])CO2)([H])C1=C2C=C (OC)C(OC)=C1)=O)=C
特性
化学式
C23 H22 O6
モル質量
394.41
外観
無色から赤色の固体
密度
1.27, 固体 (20℃)
融点
165–166
沸点
210–220 (at 0.5 mmHg)
特記なき場合、データは常温 (25 °C )・常圧 (100 kPa) におけるものである。
ロテノン (rotenone) は無臭の化合物で、フェニルプロパノイド の一種である。殺虫剤 ・殺魚剤 ・農薬 として広く効果を持つ。天然にはある種の植物の根や茎に含まれる。ラットに投与するとパーキンソン症候群 の原因となる。毒物及び劇物取締法により劇物に指定されている[ 1]
。
歴史
エマニュエル・ジョフロア (Emmanuel Geoffroy) がフランス領ギアナ を旅行していた際に、Robinia nicou 、現在でいう Lonchocarpus nicou の標本から初めて見出した[ 2] 。この研究は彼の学位論文で扱われるところとなったが、寄生虫感染症 で死去したため爾後1895年に発表された[ 3] 。その後の研究により、かつてジョフロアがニコウリン (nicouline) と名づけた物質はロテノンと同一であることが示された。
用途
溶液が農薬 、殺虫剤 として用いられる。
また、粉末もしくは乳液として、望まれない種の魚類(本来の生息地が異なる外来魚など)の管理・除去に使われる[ 4] 。ロテノンを植物から抽出し、水中に散布することによって魚を捕らえる方法が知られている。ロテノンを使うと魚が水面に浮かび上がり、容易に捕らえることができる。根を砕いて使う初歩的な方法であるが、さまざまな原住民によって使われた[ 5] 。ロテノンは消化器からは吸収されにくいため、このようにして捕らえた魚は食用に供することができる。一方、魚の場合ではえらから血液中に容易に取り込まれる。
粉末はニワトリ などの家禽 に寄生するダニ の駆除にも使用される。
作用機序
ミトコンドリア 中の電子伝達系 を阻害することによって効果を発揮する。具体的には、呼吸鎖複合体I 中の鉄・硫黄中心からユビキノン への電子の移動を妨げる。これによってNADH からATP (細胞のエネルギー源)への変換が行われなくなる。
植物での存在
熱帯性および亜熱帯性植物、特にロンコカルプス属 (Lonchocarpus ) やデリス属 (Derris ) の根や茎から抽出される。
ロテノンを含む植物を以下に挙げる。
Hoary Pea、ゴーツ・ルー (Goat's Rue)、ヒカマ (Jícama) (Tephrosia virginiana ) - 北アメリカ
Cubé Plant, Lancepod (Lonchocarpus utilis ) - 南アメリカ[ 6] 、根からの抽出物は Cubé resin と呼ばれる
バルバスコ (Barbasco) (Lonchocarpus urucu ) - 南アメリカ[ 6]
Tuba Plant (Derris elliptica ) - 東南アジア、太平洋諸島南西部、根からの抽出物は Derris または Derris root と呼ばれる
シダレトバ (Jewel Vine) (Derris involuta ) - 東南アジア、太平洋諸島南西部
Derris thyrsiflora - インドのミゾ (Mizo) 族は柔らかい根を野菜として食用にする
ズボイシア (Duboisia) - オーストラリアに生育する潅木。白い塊状の花と液果状の果実をつける。アボリジニは粉砕した植物体を漁に用いる
ビロードモウズイカ (Verbascum thapsus )
毒性
世界保健機関 (WHO) は「中程度に危険性がある」 (moderately hazardous) と分類している[ 7] 。ヒトや他の哺乳類に対しては中程度の毒性だが、昆虫や魚などの水生生物にとっては猛毒である。この毒性の違いについては、脂溶性のロテノンはえら や気管 からは容易に吸収されるのに対し、皮膚や消化器からは吸収されにくいということから説明される。
小児での最低致死量は143mg/kgである。飲み込むと嘔吐をもよおすため、ヒトでの死亡事例はまれである[ 8] 。自ら意図して摂取した場合、致命的となりうる[ 9] 。
日光に当てると分解し、通常の条件では6日程度の寿命である[ 10] 。
アメリカ合衆国農務省 の国家有機農作物プログラム (National Organic Program) で非合成物と認められており、有機農法に使えるとされている[ 11] 。
パーキンソン症候群
2000年、ラットにロテノンを注射するとパーキンソン症候群 の発症の原因となる、と報告された。試験内容は、組織への浸透性を高める目的でジメチルスルホキシド とポリエチレングリコール をロテノンと混合し、5週間にわたって頸静脈 への注射を続けるというものであった[ 12] 。
この研究は、ロテノンへの被曝がヒトにおけるパーキンソン症候群の原因となることを直接的に示すものではないが、環境中に存在する毒への継続的な接触が発病の可能性を高める、という考え方と矛盾しない[ 13] 。
また、ラットの神経細胞 (ニューロン)および小膠細胞 の初代培養細胞は、酸化的損傷を受ける、あるいはドーパミン作動性ニューロンの死が起こるロテノン量が少ない(10nM以下)ことが示されている[ 14] 。パーキンソン症候群により死ぬのは、脳の黒質 のそれらの神経細胞である。
神経毒 である1-メチル-4-フェニル-1,2,3,6-テトラヒドロピリジン (MPTP) が(ラットではなくヒトなど霊長類で)パーキンソン症候群の原因となることは以前より知られており、これは複合体Iの電子伝達系を阻害し、黒質中ドーパミン作動性ニューロンを殺すことによるものとされている。この前例により、ロテノンは同様にパーキンソン症候群を引き起こす可能性があると考えられ、研究が行われた。MPTPとロテノンはともに脂溶性であり、血液脳関門 を通過することができる。
参考文献
^ 毒物及び劇物取締法 昭和二十五年十二月二十八日 法律三百三号 第二条 別表第二
^ Ambrose, Anthony M.; Haag, Harvey B. (1936). “Toxicological study of Derris ”. Industrial & Engineering Chemistry 28 (7): 815–821. doi :10.1021/ie50319a017 .
^ “Useful tropical plants ”. ASNOM (2008年1月2日). 2008年3月16日 閲覧。
^ Peter Fimrite (2007年10月2日). “Lake poisoning seems to have worked to kill invasive pike ”. San Francisco Chronicle . 2008年4月11日 閲覧。
^ National Toxicology Program - Rotenone at ntp.niehs.nih.gov
^ a b Fang, N.; Casida, J. (1999). “Cubé resin insecticide: identification and biological activity of 29 rotenoid constituents” . J. Agric. Food Chem. 47 (5): 2130–2136. PMID 10552508 . http://pubs.acs.org/cgi-bin/abstract.cgi/jafcau/1999/47/i05/abs/jf981188x.html .
^ The WHO Recommended Classification of Pesticides by Hazard . World Health Organization. (2007). ISBN 92-4-154663-8 . http://www.who.int/ipcs/publications/pesticides_hazard/en/ 2007年12月2日 閲覧。
^ Factsheet - Rotenone
^ Wood, D.; Alsahaf, H.; Streete, P.; Dargan, P.; Jones, A. (2005). “Fatality after deliberate ingestion of the pesticide rotenone: a case report” . Crit Care 9 (3): R280–R284. PMID 15987402 . http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?artid=1175899 .
^ Vitax Safety Data Sheet for Derris dust, revised October 1998.
^ Rotenone Archived 2007年6月9日, at the Wayback Machine .. Resource Guide for Organic and Disease Management. Cornell University.
^ Caboni, P.; Sherer, T.; Zhang, N.; Taylor, G.; Na, H.; Greenamyre, J.; Casida, J. (2004). “Rotenone, deguelin, their metabolites, and the rat model of Parkinson's disease” . Chem. Res. Toxicol. 17 (11): 1540–1548. PMID 15540952 . http://pubs.acs.org/cgi-bin/abstract.cgi/crtoec/2004/17/i11/abs/tx049867r.html .
^ Summary of the article by Dr. Greenamyre on pesticides and Parkinson's Disease at ninds.nih.gov
^ Gao, H. M.; Liu, B.; Hong, J. S. (2003). “Critical role for microglial NADPH oxidase in rotenone-induced degeneration of dopaminergic neurons” . The Journal of Neuroscience 23 (15): 6181–6187. PMID 12915048 . http://www.jneurosci.org/cgi/content/abstract/23/15/6181 .