ラ・シャペル=デ=マレ
ラ・シャペル=デ=マレ (La Chapelle-des-Marais)は、フランス、ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏、ロワール=アトランティック県のコミューン。 地理ラ・シャペル=デ=マレはブリエール湿地の北に位置し、サン=ナゼールの25km北、ルドンの42km南、ナントの北西67kmの距離にある。 周辺のコミューンは、ミシヤック、エルビニャック、サント=レーヌ=ド=ブルターニュ、サン=ジョアシャンである。 1999年にINSEEがまとめた順位表によれば、ラ・シャペル=デ=マレは都市圏に含まれる農村型コミューンで、サン=ナゼール都市圏の一部である。 歴史家エルワン・ヴァレリーによるブルターニュの地方区分では、ラ・シャペル=デ=マレは伝統的にブリエール地方、歴史的にはペイ・ナンテに属する。 由来ブルトン語で地名はChapel-ar-Geuniouとなる。ガロ語ではLa Chapèll-dez-Marèscとなる[2]。 フランス革命時代には、ラ・レユニオン(La Réunion)と改名させられていた[3]。 歴史町は、生活環境、衛生、医療の進歩を見る前に、幾度かの死に瀕する疫病流行にあった。1828年にはコレラが流行し、1870年の天然痘流行で69人が死に、1871年には65人が死んだ。1871年7月2日、コミューン議会は、罹患者の出た家屋を宗教活動家の責任で消毒することについて、多数決で是非を決めなければならなかった。 人口統計
source=1999年までLdh/EHESS/Cassini[3]、2004年以降INSEE[4][5] 聖コルネイユ崇敬聖コルネイユは、251年から253年までローマ教皇であった人物である。彼は聖人であり、かつて水牛に命を救われたことがあったため、ウシの守り主となり、全ての家畜を病から癒すと信じられていた。フランスの地方の数箇所では、病に関してコルネイユの名が呼ばれる。1883年、ラ・シャペル=デ=マレとミシヤックにまたがる地域に、恐ろしい伝染病が蔓延し家畜が感染した。すぐに敬虔なキリスト教徒である住民たちは、霊験あらたかな聖コルネイユのとりなしを思い出し、悲惨な状況はすぐにおさまった。こうした大いなる信仰を持つ人々が懇願し、ウシの世話をしたのである。 毎年9月、聖コルネイユと聖コルネリ(ブルターニュのキリスト教聖人)への厳粛な礼拝行進が行われた。祝福された木彫りの像は、25頭から27頭のウシが引く輿にバラで飾られて乗せられ、町中を練り歩いた。ウシたちはそれぞれボルドー色のカバーや花で飾られていた。それはブリエール地方で最も色彩豊かな祭りだった。この礼拝行進には周囲の20の教区から巡礼が集まった。家族経営の農場や、家畜として飼われるウシが徐々に減少していったため、1966年をもって礼拝行進は行われなくなった。
脚注
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