獲得メダル
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2014年
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スイス
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男子 スノーボード
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オリンピック
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金 |
2014 ソチ |
ハーフパイプ
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X GAMES
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銅 |
2012 X GAMES EUROPE |
スーパーパイプ
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銀 |
2011 X GAMES EUROPE |
スーパーパイプ
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金 |
2010 X GAMES EUROPE |
スーパーパイプ
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銀 |
2010 Winter X GAMES |
スーパーパイプ
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銅 |
2015 Winter X GAMES |
スーパーパイプ
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銀 |
2016 X GAMES OSLO |
スーパーパイプ
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バートン・グローバルオープンシリーズ
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金 |
2015 ヨーロピアンオープン |
ハーフパイプ
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金 |
2014 ヨーロピアンオープン |
ハーフパイプ
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銀 |
2013 ヨーロピアンオープン |
ハーフパイプ
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金 |
2012 ヨーロピアンオープン |
ハーフパイプ
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銅 |
2011 ニュージーランドオープン |
ハーフパイプ
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銀 |
2011 USオープン |
ハーフパイプ
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銅 |
2011 ヨーロピアンオープン |
ハーフパイプ
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金 |
2010 ニュージーランドオープン |
ハーフパイプ
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銅 |
2010 USオープン |
ハーフパイプ
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金 |
2010 カナダオープン |
ハーフパイプ
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銅 |
2010 ヨーロピアンオープン |
ハーフパイプ
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銅 |
2009 ヨーロピアンオープン |
ハーフパイプ
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銀 |
2007 ヨーロピアンオープン |
ハーフパイプ
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ウインターデューツアー
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銀 |
2012,2 |
ハーフパイプ
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金 |
2012,1 |
ハーフパイプ
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銅 |
2011,12 |
ハーフパイプ
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銀 |
2009,12 |
ハーフパイプ
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ワールドカップ
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銅 |
2014-15 カルドーナ大会 |
ハーフパイプ
|
銀 |
2012-13 ソチ大会 |
ハーフパイプ
|
金 |
2013 スノーボード世界選手権 |
ハーフパイプ
|
金 |
2012 スノーボード世界選手権 |
ハーフパイプ
|
金 |
2011-12 サースフェー大会 |
ハーフパイプ
|
金 |
2010-11 アローザ大会 |
ハーフパイプ
|
銀 |
スノーボード世界選手権 |
ハーフパイプ
|
銀 |
2008-09 カルドーナ大会 |
ハーフパイプ
|
銅 |
2008-09 サイプレス大会 |
ハーフパイプ
|
銅 |
2008-09 バルドネッキア大会 |
ハーフパイプ
|
銀 |
2007-08 ヴァルマレンコ大会 |
ハーフパイプ
|
銅 |
2007-08 Sungwoo大会 |
ハーフパイプ
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金 |
2007-08 サースフェー大会 |
ハーフパイプ
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銀 |
2007-08 カルドーナ大会 |
ハーフパイプ
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ユーリ・ポドラドチコフ(Iouri Podladtchikov、1988年9月13日 - )は、スイスのスノーボーダー。ニックネームは名前の頭文字からIPod(アイポッド)。
ポドラドチコフはロシアで生まれ、1996年に両親とともにスイスに移住した。2005年にスイス国籍を習得したが、その後もしばらくはロシア代表として大会に出場していた。2005年12月にスイスアローザにてFISヨーロッパカップで優勝[1]2007年10月スイスザースフェーでも優勝した[2]。2010年バンクーバーオリンピックがきっかけで2009年末よりスイス代表として出場するようになった[3]。
2006年トリノオリンピックではロシア代表として出場しハーフパイプで37位だったが、2008年にはワールドカップの男子ハーフパイプで初優勝を飾り[4]、2010年のXゲームではショーン・ホワイトに次ぐ2位となった[5]。2010年のバンクーバーオリンピックでは決勝1回目の試技で2位につけたが、フィンランドのピートゥ・ピロイネン、アメリカのスコット・ラゴらが2回目を成功したのに対し、ポドラドチコフは失敗し、4位へと順位を下げてメダル圏内から外れた。
2011年/2012年シーズンはTTRワールドスノーボードツアーの年間王者に輝き、2011年11月スペインラ・モリーナの世界選手権では準優勝[6]。
2013年1月カナダストーンハムの世界選手権で優勝[7]。
2014年ソチオリンピックでは、決勝の2回目で大技の「キャブ・ダブルコーク1440(通称:ヨーロ・フリップ[Yolo Flip])、You Only Live Once「人生一度きり」の意味」を完璧に決め、94.75点で金メダルを獲得した。
2018年平昌オリンピックは大会直前に出場したXゲームズで頭部への重傷を負い欠場。同年12月に復帰したが転倒により再度負傷。さらに2か月後にアキレス腱を断裂、手術したものの影響が残る形となった。2020年1月に地元スイスで行われた大会で5位に入賞したのを最後に、同年8月に引退を表明した[8]。
主な成績
優勝のみ記載
- 2006年10月 - Rail Battleヴァレーゼ大会優勝
- 2007年11月 - スノーボード・ワールドカップスイスザースフェー大会優勝
- 2010年1月 - オニール エボリューション優勝
- 2010年2月 - バートンカナダオープン優勝
- 2010年3月 - X Games EURO優勝
- 2010年8月 - バートンニュージーランドオープン優勝
- 2011年3月 - スノーボード・ワールドカップスイスアローザ大会優勝
- 2011年11月 - スノーボード・ワールドカップスイスザースフェー大会優勝
- 2012年1月 - ウインターデューツアー優勝
- 2012年2月 - 世界スノーボード選手権優勝
- 2012年2月 - バートンユーロオープン優勝
- 2013年1月 - スノーボード世界選手権優勝
- 2013年3月 - アークティック チャレンジ優勝
- 2014年1月 - バートンユーロオープン優勝
- 2014年2月 - ソチオリンピック金メダル
- 2015年2月 - バートンユーロオープン優勝
ほか
出典
外部リンク