メイワパッサー
経歴明和牧場が繁殖牝馬・バンバレラをアメリカ合衆国で種牡馬・バックパサーと交配させ、日本で出産させたことで誕生した持込馬であった。父と母の父が兄弟という強烈なインブリードのためか、終始脚部不安に悩まされ続け、競走成績は中央競馬で条件戦を3勝しただけだったが、いずれも強い勝ち方だった。 血統的希少価値を見込まれ、6歳(旧表記)で競走馬を引退したあとは明和牧場で種牡馬となった。当初産駒がまったく走らず、牧場は当て馬にすることを検討したが、初年度産駒の一頭であるビックパッサーが1985年の京王杯オータムハンデキャップで2着になるなど活躍したことでその危機は回避され、さらに1990年代に入りスプライトパッサー(凱旋門賞馬サンサンとの間に生まれた仔)、スタビライザー、フジノパッサーなどが相次いで中央競馬および地方競馬の重賞を優勝するなかで明和牧場の主力種牡馬の一頭としての地位を確立した。1997年に用途変更のあとは明和牧場で余生を送っていたが、1999年に死亡した。 おもな産駒血統表
参考文献
外部リンク |