数学、特に群の表現論においてマシュケの定理(マシュケのていり、英: Maschke's theorem)[1][2]とは、有限群の表現の既約表現への分解に関する定理である。ハインリヒ・マシュケに名を因む[3]。有限群 G のある標数 0 の体上の有限次元表現 (V, ρ) に対し、任意の G-不変部分空間U は G-不変な直和補因子 W を持つこと、言い換えれば、表現 (V, ρ) が完全可約であることを述べるものである。より一般に、有限体のような正標数 p の体に対しても、p が群 G の位数を割り切らないならば、マシュケの定理は成り立つ。
再定式化と意味
有限群の表現論に対する一つのアプローチは加群の理論を通して考えることである。群 G の表現は、群環KG 上の加群と読み替えることができ、既約表現は単純加群と対応する。マシュケの定理は「一般の有限次元表現は既約部分表現の直和によって構成することができるか」という問いに対する答えである。この問いを加群の理論に読み替えると「任意の加群は半単純であるか」となる。加群の言葉で定式化したマシュケの定理は、以下のように述べられる。
G を有限群、K を G の位数を割らない標数を持つ体とする。このとき G の群環 KG は半単純環である[4][5]。
この定理の重要性は、半単純環に関するよく展開された理論、特にアルティン-ウェダーバーンの定理(ウェダーバーンの構造定理)から生じる。K が複素数体 C のとき、定理から群環 KG が複素正方行列環のいくつかのコピーの直積に分解されることが示される(それぞれの因子がいずれも既約表現を与える)[6]。標数 0 の体 K が代数閉体でない場合(例えば実数体 R や有理数体 Q)には、主張は「群環 KG は、K 上のある斜体上の行列環の直積になる」と幾分複雑になる。それぞれの因子は G の K 上の既約表現に対応する[7]。
翻って表現論では、マシュケの定理(あるいはそれを加群を用いて述べたもの)から、有限群 G の表現に関する一般的な構成法が実際に計算することなしに得られる。定理から任意の表現は既約成分の直和になるので、任意の表現を分類するという表現論の課題は、既約表現を分類するというより扱いやすい課題に帰着される。さらに、ジョルダン-ヘルダーの定理から従うこととして、既約部分表現への直和分解は一意ではないかもしれないが、既約成分の重複度は矛盾なく定まる。特に、有限群の標数 0 の体上での表現は、同型を除いてその指標によって決定される。