ポール・クレメンス
ポール・アーサー・クレメンス(Paul Arthur Clemens, 1988年2月14日 - )は、アメリカ合衆国・サウスカロライナ州コロンビア出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。 コービー・クレメンス(Koby Clemens)と同時期にヒューストン・アストロズ傘下に所属していたことから、コービーの父ロジャー・クレメンスの息子の1人と間違われることがあるが、血縁関係はない。 経歴プロ入りとマイナー時代2007年のMLBドラフト36巡目(全体1089位)でサンフランシスコ・ジャイアンツから指名されたが、この時は入団せず。 2008年のMLBドラフト7巡目(全体220位)でアトランタ・ブレーブスから指名され、6月8日に契約。この年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ブレーブスとアパラチアンリーグのルーキー級ダンビル・ブレーブスでプロデビュー。ルーキー級ダンビルでは12試合(先発8試合)に登板して3勝3敗1セーブ・防御率3.39・57奪三振の成績を残した。8月にA級ローム・ブレーブスへ昇格し、1試合に登板した。 2009年はA級ロームでプレーし、26試合(先発11試合)に登板して6勝5敗3セーブ・防御率5.91・64奪三振の成績を残した。 2010年はA級ロームで開幕を迎え、5月にA+級マートルビーチ・ペリカンズへ昇格。27試合(先発8試合)に登板して0勝4敗2セーブ・防御率3.69・65奪三振の成績を残した。 2011年はAA級ミシシッピ・ブレーブスでプレーし、20試合に先発登板して6勝5敗・防御率3.73・93奪三振の成績を残した。7月31日にマイケル・ボーンとのトレードで、フアン・アブレイユ、ブレット・オーバーホルツァー、ジョーダン・シェーファーと共にヒューストン・アストロズへ移籍した[1]。移籍後はAA級コーパスクリスティ・フックスで5試合に登板。9月にAAA級オクラホマシティ・レッドホークスへ昇格し、1試合に登板した。オフの11月18日にアストロズとメジャー契約を結び、40人枠入りを果たした[2]。 2012年2月18日にアストロズと1年契約に合意。3月15日にAAA級オクラホマシティへ配属され、そのまま開幕を迎えた。AAA級オクラホマシティでは20試合に先発登板して8勝8敗・防御率6.73・68奪三振と結果を残せず、7月にAA級コーパスクリスティへ降格。AA級コーパスクリスティでは7試合に先発登板して3勝2敗・防御率3.46・37奪三振の成績を残した。 メジャー昇格後2013年3月17日にAAA級オクラホマシティへ配属され、そのまま開幕を迎えたが、直後の4月8日にメジャーへ昇格し、翌9日のシアトル・マリナーズ戦でメジャーデビュー。13点リードの5回から登板し、4回を投げ5失点したが勝利投手となった[3]。その後はリリーフとして30試合に登板していたが、防御率6.36と落ち込み、7月27日にAAA級オクラホマシティへ降格。8月27日に再昇格し、先発に転向したが、5試合で0勝3敗・防御率3.71と結果を残せないままシーズンを終えた。この年メジャーは35試合(先発5試合)に登板して4勝7敗・防御率5.40・49奪三振の成績を残した。 2014年3月9日にAAA級オクラホマシティへ異動した。4月12日にメジャーへ昇格。リリーフとして4試合に登板したが、3試合で失点するなど不調が続き5月2日にAAA級へ降格。5月9日にホセ・シスネロが故障者リスト入りしたため再昇格し[4]、4試合に登板したが2度の救援失敗もあり、5月17日にAAA級オクラホマシティへ降格。6月1日に再昇格したが、3試合で2度の救援失敗を犯し、6月8日に再びAAA級オクラホマシティへ降格。7月27日にジョシュ・ゼイドが故障者リスト入りしたため再昇格。1試合に登板したが、8月5日にAAA級オクラホマシティへ降格。9月2日に戦力外となり[5]、5日に40人枠を外れる形でAAA級オクラホマシティへ降格した。この年は13試合に登板して0勝1敗・防御率5.84・16奪三振の成績を残した。オフの10月30日にFAとなった。11月20日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ[6]。 2015年6月26日に自由契約となった[7]。8月1日にカンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結んだ。オフの11月6日にFAとなった[7]。11月24日にマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結んだ。 2016年の開幕は傘下のAAA級ニューオーリンズ・ゼファーズで迎え、6月19日にメジャー契約を結んで25人枠入りした[7]。6月28日にウェイバーでサンディエゴ・パドレスへ移籍した。8月6日のフィリーズ戦では打席に立った際にバットに塗る松脂が大量に付着し、そのままマウンドに上がるとルール違反となるため、「PLAYER(選手)」と名前の書かれた背番号91の匿名サンプルユニフォームを着てマウンドに戻った[8]。この年メジャーでは2球団合計で18試合(先発14試合)に登板して4勝5敗・防御率4.04・53奪三振の成績を残した。 パドレス退団後2017年3月20日に自由契約となった[7]。3月30日にミネソタ・ツインズとマイナー契約を結んだ[7]。7月21日に解雇となる。 2018年3月11日にメキシカンリーグのユカタン・ライオンズと契約。5月11日に独立リーグ・アトランティックリーグのサザンメリーランド・ブルークラブスに移籍。 2019年4月11日にアトランティックリーグのハイポイント・ロッカーズと契約。9月16日に自由契約になった。 詳細情報年度別投手成績
背番号
脚注
関連項目外部リンク
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