ポスティングシステム
ポスティングシステム(posting system)は、主にプロ野球において認められている移籍システムの一つ。日本のメディアでは入札制度という呼称もある[注釈 1]。本文内で特に記載がない場合、日本野球機構(NPB)とメジャーリーグベースボール(MLB)間でのシステムを取り上げる。 概要ポスティングシステム(以下ポスティング)とは、主に海外FA権を持たないプロ野球選手が、MLBなど海外プロ野球リーグへの移籍を希望した場合に、所属球団側の承認と手続き(ポスティング申請)を経て移籍する手段である。移籍決定に伴い、選手は自由契約選手公示され、移籍先球団と新たな契約を締結する。前所属球団は選手保有権を失う代わりに、移籍先球団から譲渡金(移籍金)を受け取る。 1998年に調印された「日米間選手契約に関する協定」により、日本プロ野球(NPB)とMLB間でのポスティングによる移籍システムが創設された。当初はMLB球団による封印入札方式であったが、2012年に一時失効し、2013年12月17日、現所属球団側が譲渡金額を定めたうえで選手側が自由交渉する制度が改めて成立した。しかし入札制度という呼称は引き続き使用されている。2018年からは、移籍先での契約金額によって譲渡金額が変動する制度に変更された。さらに、移籍先での契約期間中に選手が追加で得た金額により譲渡金額が上乗せされる制度も導入されている(2023年の上沢直之が日本人選手では初のケースとなった)。 NPB-MLB間の現行制度(2024年時点)における、移籍までのチャートは以下のとおり。
移籍交渉期間は、NPB球団のポスティング申請をMLB機構が受理・公示した翌日から45日間(2024年現在)。この間に合意に至らなければ移籍不成立となり、翌シーズンオフまで当該選手のポスティング申請はできない[1]。 「ポスティングは球団の権利」と説明する向きもあるが、2024年現在の日米間の制度においては「ポスティング申請までは球団主導、その後(移籍先球団の選定、契約交渉等)は選手側主導」であり、ひとたびポスティング申請された後の選手は実質「FA(インターナショナルFA)」選手に等しい[2]。移籍不成立となった際は現所属球団が選手保留権を保持するものの、他の事項に所属球団の権限が及ぶわけではない。なおMLB球団との契約に際しては、インターナショナルFAの規定に準じ、年齢やプロ経歴年数によって契約金や年俸などに制限を受けるケースがある[3][4]。 →詳細は「フリーエージェント (プロスポーツ) § インターナショナルFA」を参照
NPB-MLB間における譲渡金計算方法は原則、以下のとおり(2023-2024年シーズン時点)[5]。なお、譲渡金はMLBのぜいたく税の計算対象とならない。
韓国KBOリーグ-MLB間のシステムも上記NPB-MLB間の規定とおおむね同じだが、交渉期間(30日)や、25歳未満またはプロ実働6年未満の選手(いわゆる25歳ルールが適用される選手)のポスティング申請を認めない点などが異なる(2024年現在。後述)[5]。 MLB公式サイトなどがオフシーズンに発表する「FA選手パワーランキング」には、ポスティングによるMLB移籍が見込まれる海外プロ野球選手がランクインすることもあり、例えば2023-24シーズンでは山本由伸、イ・ジョンフ(KBO)、今永昇太がそれぞれ2位、13位、15位にランクインした[6]。 なお、NPB所属選手が国内FA権を行使し、且つポスティング制度を同時に使用することは制度上可能だが、実際に同時使用された例はない。国内FA権での国内移籍が成立した場合、その選手が海外FA権を取得したであろう時点まで、移籍先球団がポスティング申請を行うことは出来ない(国内FA権行使時にポスティング申請したかは関係しない)。 現行制度への指摘ポスティングによりMLB移籍が決定した際は、NPB球団から自由契約選手公示されるため、選手は事実上のFAとなる。よって、MLB球団から自由契約となった後は、国内外問わず次の契約先球団も選手が自由意志で選択できる権利を得る(2024年時点)。一方、短期でMLB球団を退団した場合、NPBで国内FA権を取得していたであろう年より早く、所属元以外のNPB球団へ移籍することも可能になる[注釈 5]。この現行規定が「国内FA移籍の抜け道」として利用される可能性がある、という指摘がある [7][8]。 過去の経緯導入の経緯導入のきっかけは、1995年に野茂英雄が近鉄バファローズを退団しMLBへの移籍を果たした一連の出来事による。野茂はFAでなく、近鉄球団が保留権を有していたため、自由意志による移籍は不可能だったが、野茂の代理人を務めた団野村から相談を受けたアーン・テレムが「NPB球団所属選手が任意引退公示されることでMLBへ移籍できる」ことを確認(若手選手が任意引退公示を受けマイナー球団に入団することは盛んに行われていた)。任意引退選手が他のNPB球団と契約交渉する際には、引退時に所属していた球団の承諾を得る必要があったが、「日米間選手契約に関する協定」の成立前は、MLB球団がNPBでの最終所属球団の承諾を得ることが強制されていなかった。野茂は任意引退公示を受けることで翌年ロサンゼルス・ドジャースと契約を結んだ[9]。 また1996年には、同じくFAではなかった伊良部秀輝が当時の所属球団である千葉ロッテマリーンズに対し、ニューヨーク・ヤンキースへの移籍を強く要望。結果、サンディエゴ・パドレスへのトレードを経て、ヤンキースへの移籍を実現させた(伊良部メジャーリーグ移籍騒動)。この際にMLBから球団間での獲得機会均等を実現する制度の要求があり[9]、1998年に「日米間選手契約に関する協定」が調印されポスティングシステムが成立。 協定はその後2年ごとに更新されてきたが、入札金額の高騰等を理由に2012年6月にMLBが協定の修正を提案。同年10月から新制度の作成が協議され、当初は従来の制度を基本に公開入札とする修正案がNPBから提案されていたが、MLB機構がバイオジェネシス・スキャンダルへの対応に追われたことや、MLB選手会専務理事のマイケル・ウェイナーが脳腫瘍のため療養したこと(2013年11月に死去)により協議が中断し、同年12月15日に協定が破棄されポスティングシステムは失効。 2013年に協議が再開され、同じく従来の制度を基本に、入札額1位と2位の間の金額がNPB球団へ支払われ、当該選手との契約交渉が破談となった場合はMLB球団にMLB機構への罰金が課せられる案がMLBから提案される。この案での新協定が11月初旬にMLBとNPBとの間で合意される見込みだったが、従来制度に引き続き落札球団との独占交渉となる点にNPB選手会が反対し合意が持ち越される。NPB選手会は同月14日に2年間限定で受諾することを表明したが、合意が持ち越された間に開かれたMLBオーナー会議でスモールマーケット球団のオーナーによる反対があるなどして撤回される。 その後MLB機構が新たに案を出し、12月初旬にNPBの12球団代表者会議でこの案が了承され基本合意に達したが、マイケル・ウェイナーの死去に伴い、新たにMLB選手会専務理事に就任したトニー・クラークが就任会見の席で入札額上限設定に反対し、再び合意が持ち越される。しかし米国時間同月10日にMLB選手会も新制度を受諾することを表明。同16日にMLB評議会も承認し、新協定が成立。日本時間同月17日から新制度が発行された。2016年から1年ごとに協定が更新される。 2012年までの制度当該選手との契約交渉を希望するMLB球団は、MLBコミッショナーの告知から4業務日以内に交渉権の対価となる金額を非公開で入札。最高金額を入札した球団に当該選手との30日間の独占交渉権が与えられ、当該選手は移籍先球団を選ぶことができなかった。MLBコミッショナー事務局やMLB選手会による契約条項の照会は交渉期限後で構わなかったため、基本合意後に付帯条項など契約の細部の調整をすることが可能だった。 交渉権の対価となる入札金に上限はなく、当該選手とMLB球団との契約が成立した場合に全額が一括で支払われる制度となっていた。交渉期限内に入札したMLB球団との契約合意がなかった場合は入札金は支払われず、翌年の11月1日までポスティングの再申請はできない点は現行制度と同じだが、入札球団がなかった場合はポスティングの再申請が可能だった。 2014年から2017年までの制度毎年11月1日から翌年2月1日まで申請が可能。移籍を希望する選手の所属球団は交渉権の対価となる譲渡金(上限2000万ドル)を設定し、NPBのコミッショナーを通して、MLBのコミッショナーにその選手が契約可能であることを告知(ポスティング)。翌日から30日間の交渉期間が設けられ、譲渡金に応札するMLB全球団が当該選手との契約交渉を行うことができる。当該選手はNPBでの所属球団、MLBに対して交渉過程を報告する義務はない。メジャー契約を結んだ場合、MLBコミッショナー事務局やMLB選手会による契約条項の照会は交渉期限に先立って行われなければならない。 譲渡金は、当該選手との契約が合意したMLB球団から、当該選手のNPBでの所属球団に一括または分割で支払われる(分割の場合は1000万ドル以上が18ヶ月以内に4回、同未満が12ヶ月以内に2回)。契約条項の照会から14日以内に最初の支払いが行われ、NPBでの所属球団は支払いから5営業日以内に契約保留権を破棄し、当該選手はNPBで自由契約選手として公示される。 MLB球団は、直接的、当該選手や代理人などを通じた間接的な方法を問わず、譲渡金以外のいかなる金銭またはその他の有価物をNPB球団に提供することはできず、抵触する行為があった場合は契約が無効となる。交渉期間内にMLB球団との契約合意がなかった場合は譲渡金は支払われず、翌年の11月1日までポスティングの再申請や譲渡金の設定変更はできない。 旧制度の問題点と新制度の成立による影響当該選手側旧制度(2012年までの封印入札方式)の問題点としては、落札した球団に権利金の支払いなどが求められていないことから、契約する意思の低い入札への脆弱性が挙げられていた。落札した金額は、当該選手との契約の締結に至った場合にのみ支払われるため、入札時にはいくらでも高額の入札が可能となり、結果的に他球団の当該選手獲得を妨害することもできた(しかし一方で当該選手がたとえマイナー契約でもその後の提示を受け入れた場合には落札した金額を支払わなければならないリスクもある)。 2006年にボストン・レッドソックスが松坂大輔を落札した金額が約5000万ドルと高騰化した際には、当初はレッドソックスがライバル球団のヤンキースへの入団を妨害するためだけに高額入札をした可能性が報道されたが、最終的に松坂とレッドソックスの間で選手契約が成立したため、レッドソックスが他球団への妨害目的を意図した高額入札でないことが明らかになった。 2009年までに契約の意思の無い妨害目的の入札は確認されておらず、落札された選手の全員が契約成立を果たしていたが、2010年に実施されたポスティングで岩隈久志との交渉権を獲得したオークランド・アスレチックスと当該選手の間での交渉期間内の契約が制度確立後初めて不成立となった。 2011年に実施されたポスティングではミルウォーキー・ブルワーズが青木宣親との交渉権を獲得し、結果的に契約は成立したが、ブルワーズは交渉権獲得後に青木のワークアウトを行い、契約を成立させる意思が無く入札に参加できる一例として問題視された。 新制度(2014年以降の自由交渉方式)では、選手側の意思で複数球団との交渉が可能となり、契約意思の低い球団に振り回される可能性が低くなった。 MLB球団側MLB球団側からの旧制度の問題点としては、入札金額に上限がないため、松坂大輔やダルビッシュ有など移籍前からMLB球団の評価が非常に高かった選手への入札額が高騰していた点や、最高落札額と2番目に高額だった入札額との金額差が大きいケースが多かった点が挙げられていた。また、スモールマーケットのMLB球団からは、入札額の高騰から獲得競争に加わりにくい点や、入札金がぜいたく税の対象とならないため、戦力均衡のバランスを崩す点が指摘されていた。 新制度では、複数球団が当該選手と交渉可能になったため、当該選手の獲得にかかる総費用が高騰する可能性があることに変わりないが、譲渡金に上限が設定されたため、ぜいたく税の対象となる当該選手個人への契約総額が高騰する可能性が高くなり、旧制度と比べると戦力均衡のバランスを保てる可能性が高くなった。 NPB球団側NPB球団側は旧制度の松坂大輔やダルビッシュ有のケースでは、移籍と引き換えに5000万ドル以上の多額の入札金を得ていたが、新制度(2017年まで)は譲渡金に上限が設定されたため、大きな見返りを期待することはできなくなった。そのため旧制度での松坂やダルビッシュのケースのように、現在の譲渡金の上限額となる2000万ドルを越える入札金が期待できる選手に対してのポスティング申請を球団が認めない可能性が発生した。また、申請後の譲渡金額変更ができないため、評価に見合わない高額な譲渡金を設定すると獲得球団がない恐れが発生していた。 実施されたポスティング一覧封印入札方式成立
非成立
譲渡金額を所属球団が設定する方式成立
非成立
選手年俸総額・譲渡金連動方式成立
非成立
韓国でのポスティング韓国KBOリーグでもポスティングによるMLB移籍システムが確立しており、NPB-MLB間の規定と概ね同じだが、以下の点などが異なる(2024年現在)[5]。
封印入札方式
選手年俸総額・譲渡金連動方式
台湾でのポスティング中華職業棒球大聯盟(CPBL)でもポスティングが認められているが、一軍に年間125日以上在籍したシーズンが3度になれば、CPBL球団の承認を条件に海外移籍が可能になる規定がある。2018年にNPB・MLB間、KBO・MLB間のポスティングシステムを参考に王柏融のために移籍システムを創設した。NPB・CPBL間には日台選手契約に関する協定があり、野球協約に明記されている。NPB球団がCPBL球団の選手と契約を希望する場合、NPBコミッショナーを通じて身分照会を行い、NPBコミッショナーは4営業日以内に回答。 台湾球界で実施されたポスティング一覧
野球以外のスポーツ日本プロバスケットボールのbjリーグでは、2010年以降、トライアウト非受験であるものの、JBLで一定の実績を残し、かつ将来の海外移籍を希望している選手の場合、特例たるbjリーグ保有選手として全球団による入札で所属球団を決めることになっていたが、この制度を「ポスティング」と呼ぶ場合もあった。この特例でbjリーグ入りした選手は翌シーズンのドラフト会議の指名対象となっていた。 適用された選手として以下の2名が該当した。
また、JBLからリニューアルされたNBLでは、休部のため同リーグ参入を断念したパナソニックトライアンズ最終所属選手のうち、後継たる和歌山トライアンズへ移籍しなかった選手を対象にNBL・NBDL全チーム参加の「ポスティング」(システム上は選手分配ドラフトに近い)を採用し、4名がこの制度で移籍した[14]。 脚注注釈
出典
関連項目 |