ヤコブ・ベルヌーイ の『推測術』(Ars Conjectandi 、1713年)より。10乗和までの公式と、ベルヌーイ数を用いた一般的な冪乗和の公式が与えられている。ただし、9乗和の最後の項 -(1/12) n 2 は誤りであり、正しくは -(3/20) n 2 である。
ファウルハーバーの公式 (ファウルハーバーのこうしき、Faulhaber's formula)は、最初の n 個の k 乗数 の和
S
k
(
n
)
:=
1
k
+
2
k
+
⋯
+
n
k
{\displaystyle S_{k}(n):=1^{k}+2^{k}+\dotsb +n^{k}}
を、ベルヌーイ数 を用いて n の多項式 で表す公式である。冪乗和についての研究をした、17世紀のドイツの数学者ヨハン・ファウルハーバー (英語版 ) の名が冠されているが、ベルヌーイ数を発見して初めて公式を与えたのは関孝和 およびヤコブ・ベルヌーイ である。「ファウルハーバーの公式」という呼称は必ずしも一般的ではなく、ベルヌーイの公式 、または内容を直接的に表現して冪乗和の公式 などと呼ばれることもある[ 注釈 1] 。
公式
ベルヌーイ数を定義するには複数の方法があるが、ここでは
B
0
=
1
,
∑
i
=
0
k
(
−
1
)
i
(
k
+
1
i
)
B
i
=
0
(
k
=
1
,
2
,
⋯
)
{\displaystyle B_{0}=1,\quad \sum _{i=0}^{k}(-1)^{i}{k+1 \choose i}B_{i}=0\quad (k=1,2,\cdots )}
によって帰納的にベルヌーイ数 B j (j = 0, 1, 2, …) を定める[ 注釈 2] 。ここに、
(
n
m
)
=
n
!
(
n
−
m
)
!
m
!
{\displaystyle {n \choose m}={\frac {n!}{(n-m)!\,m!}}}
は二項係数 である。
このとき、
S
k
(
n
)
=
1
k
+
1
∑
j
=
0
k
(
k
+
1
j
)
B
j
n
k
+
1
−
j
(
k
=
0
,
1
,
⋯
)
{\displaystyle S_{k}(n)={\frac {1}{k+1}}\sum _{j=0}^{k}{k+1 \choose j}B_{j}n^{k+1-j}\quad (k=0,1,\cdots )}
が成り立つ。特に、S k (n ) を n の多項式で表したときの、最高次の項は n k +1 /(k + 1)、一次の項は B k n 、定数項は 0 である。
略式の表示
ファウルハーバーの公式は一見複雑に見えるが、二項定理 と似ていることに着目すれば、略式の表示 を与えることができる[ 1] 。例えば、(n + B )2 を二項展開すると n 2 B 0 + 2n 1 B 1 + n 0 B 2 であるが、n の冪はそのままの意味にとり、B の冪は添え字を下付きにしたベルヌーイ数を意味するものと考える。言い換えると、n 2 B 0 + 2n 1 B 1 + B 2 を略式で (n + B )2 と表すことを許すものと約束する。このとき、ファウルハーバーの公式は
1
k
+
2
k
+
⋯
+
n
k
=
(
n
+
B
)
k
+
1
−
B
k
+
1
k
+
1
{\displaystyle 1^{k}+2^{k}+\dotsb +n^{k}={\frac {(n+B)^{k+1}-B^{k+1}}{k+1}}}
と表現できる。
より正確に記述するために、多項式環 Q [b ] から Q への線型写像 T を T (b j ) = B j で定義しておけば、公式は
S
k
(
n
)
=
T
(
(
n
+
b
)
k
+
1
−
b
k
+
1
)
k
+
1
{\displaystyle S_{k}(n)={\frac {T((n+b)^{k+1}-b^{k+1})}{k+1}}}
と表せる。
なお、略式の表示を許せば、ベルヌーイ数の定義も
B
0
=
1
,
(
B
−
1
)
k
+
1
=
B
k
+
1
(
k
=
1
,
2
,
⋯
)
{\displaystyle B_{0}=1,\quad (B-1)^{k+1}=B^{k+1}\quad (k=1,2,\cdots )}
と簡潔に表現できる。
例
はじめのいくつかのベルヌーイ数は B 0 = 1, B 1 = 1/2, B 2 = 1/6, B 3 = 0, B 4 = −1/30 であるから、例えば
S
4
(
n
)
=
(
n
+
B
)
5
−
B
5
5
=
n
5
B
0
+
5
n
4
B
1
+
10
n
3
B
2
+
10
n
2
B
3
+
5
n
B
4
5
=
1
5
(
n
5
+
5
2
n
4
+
5
3
n
3
−
1
6
n
)
{\displaystyle {\begin{aligned}S_{4}(n)&={\frac {(n+B)^{5}-B^{5}}{5}}={\frac {n^{5}B_{0}+5n^{4}B_{1}+10n^{3}B_{2}+10n^{2}B_{3}+5nB_{4}}{5}}\\&={\frac {1}{5}}\left(n^{5}+{\frac {5}{2}}n^{4}+{\frac {5}{3}}n^{3}-{\frac {1}{6}}n\right)\end{aligned}}}
などと計算される。同様にして、6乗和までは以下のようになる。
S
0
(
n
)
=
n
S
1
(
n
)
=
n
2
+
n
2
=
1
2
n
(
n
+
1
)
S
2
(
n
)
=
2
n
3
+
3
n
2
+
n
6
=
1
6
n
(
n
+
1
)
(
2
n
+
1
)
S
3
(
n
)
=
n
4
+
2
n
3
+
n
2
4
=
1
4
n
2
(
n
+
1
)
2
S
4
(
n
)
=
6
n
5
+
15
n
4
+
10
n
3
−
n
30
=
1
30
n
(
n
+
1
)
(
2
n
+
1
)
(
3
n
2
+
3
n
−
1
)
S
5
(
n
)
=
2
n
6
+
6
n
5
+
5
n
4
−
n
2
12
=
1
12
n
2
(
n
+
1
)
2
(
2
n
2
+
2
n
−
1
)
S
6
(
n
)
=
6
n
7
+
21
n
6
+
21
n
5
−
7
n
3
+
n
42
=
1
42
n
(
n
+
1
)
(
2
n
+
1
)
(
3
n
4
+
6
n
3
−
3
n
+
1
)
{\displaystyle {\begin{aligned}S_{0}(n)&=n\\S_{1}(n)&={\frac {n^{2}+n}{2}}={\frac {1}{2}}n(n+1)\\S_{2}(n)&={\frac {2n^{3}+3n^{2}+n}{6}}={\frac {1}{6}}n(n+1)(2n+1)\\S_{3}(n)&={\frac {n^{4}+2n^{3}+n^{2}}{4}}={\frac {1}{4}}n^{2}(n+1)^{2}\\S_{4}(n)&={\frac {6n^{5}+15n^{4}+10n^{3}-n}{30}}={\frac {1}{30}}n(n+1)(2n+1)(3n^{2}+3n-1)\\S_{5}(n)&={\frac {2n^{6}+6n^{5}+5n^{4}-n^{2}}{12}}={\frac {1}{12}}n^{2}(n+1)^{2}(2n^{2}+2n-1)\\S_{6}(n)&={\frac {6n^{7}+21n^{6}+21n^{5}-7n^{3}+n}{42}}={\frac {1}{42}}n(n+1)(2n+1)(3n^{4}+6n^{3}-3n+1)\end{aligned}}}
なお、日本の中等教育 において数列 を扱う際には、(x + 1)k − x k の展開 式を利用して、帰納的に冪乗和の公式が得られることを教え、S 0 (n ), S 1 (n ), S 2 (n ), S 3 (n ) は公式として記憶するよう指導することが一般的である。
歴史
関孝和 『括要算法 』(1712年)の「式図」。冪乗和の公式を導くための表である。下部にはベルヌーイ数が見られ、表中には算木 で表現された二項係数が並べられている。
1乗和と2乗和については、アルキメデス の時代から知られていた[ 2] 。3乗和に関して
1
3
+
2
3
+
⋯
+
n
3
=
(
1
+
2
+
⋯
+
n
)
2
{\displaystyle 1^{3}+2^{3}+\dotsb +n^{3}=(1+2+\dotsb +n)^{2}}
が成り立つことは、歴史上たびたび再発見されている。1世紀の数学者ニコマコス は「n 番目の立方数 は n 個の連続した奇数の和である」ことを証明なしに述べており[ 3] 、既知の結果「最初の m 個の奇数の和は m の平方に等しい」と合わせると、3乗和の公式を知っていたとも見なせる[ 注釈 3] 。西暦500年頃、アリヤバータ は3乗和の公式を明示的に与えた。西暦1000年頃、アル=カラジ (英語版 ) は図形および数学的帰納法 を用いて3乗和の公式を証明した。同じくイスラムの数学者イブン・アル・ハイサム は、4乗和の公式を与えたが、その方法を用いれば何乗和でも求めることができる[ 4] 。
フェルマー は、求積法のために冪乗和が重要なことを認識し、一般的な公式およびその証明を得たと述べたが、詳細は明らかにしなかった。一方、ファウルハーバーは Academia Algebrae (1631年)において17乗和までの公式を与えた[ 5] 。彼は一般的な公式を与えるまでには至らなかったが、S k (n ) は、k が奇数のときは S 1 (n ) の多項式で書け、k が偶数のときは S 2 (n ) で割れてその商がやはり S 1 (n ) の多項式で書けることを指摘した。実際、例えば
S
3
(
n
)
=
(
S
1
(
n
)
)
2
S
4
(
n
)
=
S
2
(
n
)
(
6
S
1
(
n
)
−
1
)
5
S
5
(
n
)
=
4
S
1
(
n
)
3
−
S
1
(
n
)
2
3
S
6
(
n
)
=
S
2
(
n
)
(
12
S
1
(
n
)
2
−
6
S
1
(
n
)
+
1
)
7
{\displaystyle {\begin{aligned}S_{3}(n)&=(S_{1}(n))^{2}\\S_{4}(n)&={\frac {S_{2}(n)(6S_{1}(n)-1)}{5}}\\S_{5}(n)&={\frac {4S_{1}(n)^{3}-S_{1}(n)^{2}}{3}}\\S_{6}(n)&={\frac {S_{2}(n)(12S_{1}(n)^{2}-6S_{1}(n)+1)}{7}}\end{aligned}}}
などとなる。この事実は後にヤコビ が再発見し、厳密な証明を与えた[ 6] 。
ベルヌーイ数を用いて一般的な冪乗和の公式を与えた初めての文献は、1712年の関孝和『括要算法 』および1713年のヤコブ・ベルヌーイ『推測術』(Ars Conjectandi ) である。共に遺稿であり(関は1708年没、ベルヌーイは1705年没)、どちらが先に公式を発見したのかは不明である。ベルヌーイは、公式を用いて 1 から 1000 までの10乗の和を計算し、8分の1時間もかからずに 91, 409, 924, 241, 424, 243, 424, 241, 924, 242, 500 を得た、と述べている[ 7] 。
注釈
^ 参考文献コンウェイ・ガイ『数の本』や MathWorld では「ファウルハーバーの公式」である。一方、日本では固有名詞のように呼ばれることは少なく、荒川・金子・伊吹山『ベルヌーイ数とゼータ関数』では「べき乗和の公式」である。
^ B 1 = 1/2 となるようにベルヌーイ数を定義する流儀と、B 1 = −1/2 となるように定義する流儀がある。ここでの定義は、関孝和と同様に前者である。MathWorld など、後者の流儀を採用している場合、冪乗和の公式も一見異なるもののように見えるかもしれないが、本質的に同じものである。
^ ニコマコスの主張は、13 = 1, 23 = 3 + 5, 33 = 7 + 9 + 11, 43 = 13 + 15 + 17 + 19, … ということ。これより例えば 13 + 23 + 33 + 43 は最初の (1 + 2 + 3 + 4) 個の奇数の和であるから (1 + 2 + 3 + 4)2 に等しい。
出典
^ コンウェイ・ガイ p. 122
^ Dickson p. 4
^ カッツ p. 195
^ カッツ pp. 290–293
^ カッツ pp. 544–545
^ 荒川・金子・伊吹山 p. 3
^ 荒川・金子・伊吹山 p. 1
参考文献
外部リンク